第29章 カモミールの庭で
お気に入りのエルヴィンにアマンダと呼ばれて上機嫌の公爵夫人は、マヤに好意的に話しかけた。
「マヤさん、あなたがあの子を振りまわした子ね?」
……あの子…、レイさんのことだわ、きっと。
違うと言えば嘘になるし、かといってそうですと言うのもはばかられる。
困ったマヤが眉を寄せると、公爵夫人は嬉しそうに笑いかけてきた。
「そんな顔しないで? あなたには感謝しているのよ。あの色恋に全く興味のなかったレイが、トロスト区に逗留してまで追いかけたなんて! ロマンチックだわ!」
「………」
……公爵夫人はどこまで知っているのかな?
レイさんがプロポーズしたこと? 私が断ったこと?
お母様なんだもの、全部知っていて当然?
「あら… またあたくしは、あなたを困らせているのかしら? レイをふったからといって何も気にすることはないのよ。あの子は物心がついたときから女の子にきゃあきゃあ言われてきたから、今回のことはいい教訓になったはず。人に愛されることも重要だけど、人を愛することはもっと大切なことだもの。あの子は初めてそれを知ったの。あたくしは心から喜んでいるのよ」
マヤをまっすぐに見つめるその翡翠色の輝きに嘘はない。
「いえ…、とんでもございません…」
どう返事をすればいいかわからず、言葉遣いも適当でない気がして、マヤは頭がクラクラしてくる。このまま窓から射しこむ陽光をキラキラと反射させている大理石の床に、前のめりに突っ伏しそうだ。
ちょうどそのとき。
「待たせたね」
満面の笑みをつれて、バルネフェルト公爵が部屋に入ってきた。
「エルヴィン君、リヴァイ君、そしてマヤ君! 本当によく来てくれた!」
エルヴィンとリヴァイが立ち上がって公爵を出迎えたので、マヤも慌てて追随する。
「バルネフェルト公爵。本日は思いがけずアマンディーヌ様にもお目にかかれて、誠に良き日でございます」
「確かにアマンダは多忙で、ほとんどここにはいないからね。なにしろ夫人連合の総長だから、私なんかよりよっぽど権力があるんだよ」
声には “困ったものだ” という雰囲気を漂わせながらも、バルネフェルト公爵のアマンディーヌを見る目は、彼女が愛おしくて仕方がないといった想いがあふれ出ていた。