第29章 カモミールの庭で
「今までこのお屋敷には、団長や兵士長といったお偉いさんしか来たことがないはずよ? それが最近は若い調査兵が二回も、あたくしの留守中に来たと聞いているわ。あなたのことかしら?」
「えっ、多分… そうです…」
……そう言われれば、いつもお母様はいなかったからお留守のときに勝手にお邪魔していることになるわ…。
これはどうなの?
失礼なの? 怒ってらっしゃるのかしら?
じっと翡翠の大きな瞳に見つめられて、どうしようもなく息ができない錯覚におちいる。
「まぁ!」
マヤの緊張は、バルネフェルト公爵夫人の甲高い声で吹き飛ばされた。
「あなたがそうなのね?」
何が “そう” なのか皆目わからないので、困った顔で隣のエルヴィンを見上げる。
エルヴィンはすぐにあとを引き継いでくれた。
「……調査兵のマヤ・ウィンディッシュです。仰るとおり彼女とともに訪問しましたときには、公爵夫人はお留守でいらっしゃいました」
「嫌だわ、いつまでも公爵夫人公爵夫人と他人行儀な。名前で呼んでくださいな」
「ではアマンディーヌ様…」
「そうじゃないわ。ねぇ、わかってるでしょう? ほら…!」
これはどういったやり取りだろうと、マヤが公爵夫人の方を恐る恐るうかがうと、アマンディーヌ・バルネフェルトは無邪気に片目をつぶってエルヴィンに愛称で呼ぶよう催促している。
ふうっとエルヴィンは小さくため息をついて、その豊かな声量でつぶやく。
「アマンダ様…」
「あぁ、これよこれ! あなたのその声で呼ばれるとキュンキュンしちゃうわ」
胸の前で両手を組んで目をキラキラと輝かせている公爵夫人は、もともと若い見た目だったものがさらに何歳も若返ったようで、とても23歳のレイモンド卿の母親には見えない。
外見もその中身も少女のような公爵夫人を初めて目の当たりにして、マヤは目を丸くし、リヴァイは今にも舌打ちしそうな顔をしている。