第29章 カモミールの庭で
「兵長…!」
すたすたと丘をおりようとしているリヴァイを小走りで追いかけて、マヤは嬉しそうに叫んだ。
「兵長もあの子と会話しましたね!」
「………」
鳶の瞳を見ていたら自然と声が出ていたとは、なんとなく気恥ずかしくて言えない。
返事をしないリヴァイに追いついたマヤは顔を覗きこむ。
「兵長もあの子と友達ですね?」
リヴァイは歩みを止めない。
「……急がねぇと、ジョージが怒るぞ」
「はぁい…」
……兵長ったら、照れてるのかしら?
でも間違いなく兵長と鳶さんは、あの瞬間通じ合ったわ。横で見ていてわかったもの。
良かった…!
自分の大切な想い人であるリヴァイと、幼少時から交流してきた鳶が、一瞬でも心を通わせたことにマヤは喜ぶ。
「……ハムも買わねぇとな」
「よく憶えてましたね」
「まぁな…」
和気あいあいと丘をくだっていく二人の背中を樫の木の枝の上からじっと見送っていた鳶は、小さくピィッと鳴くと巣にうずくまり、自身の羽に顔をうずめた。
忘れずに厚切りのハムを買い、マヤの家に帰ってきた。
表の紅茶屋はもう閉店しているので、裏にまわる。
すると暗がりのなか、ウィンディッシュ家の裏木戸から出てくる人影が。
ハッと身構えるマヤに、そのマヤをかばうように前に出るリヴァイ。
「マヤ?」
その声はよく知る友のものだった。
「アレハンドロ…! どうしたの?」
「ディーンさんに言われて飼い葉を持ってきたんだ。アルテミスと黒馬にやっておいたよ」
「ありがとう」
アレハンドロは、マリウスと子供のころに一緒になっていじめてきた三人の男の子のうちの一人だ。他の二人のオーラフとカーターと違って積極的には意地悪をしてこなかったが、困った様子で黙って見ていたのがアレハンドロだ。それはきっと彼の父親が、ディーン家の庭師だったから。
そして今、学校を卒業したアレハンドロは父ともどもディーン家に仕えている。
ちらちらとリヴァイの方を盗み見していたが、マヤが紹介しようとする前に。
「……じゃあ、またな!」
急に駆けて、アレハンドロは行ってしまった。