第29章 カモミールの庭で
その丘は、ヘルネにある “夕陽の丘” よりも小さい。のぼりながら話をしていると、すぐにでも丘の上に立つ樫の木にたどりつくような。
「……よく話しかけてくるし、話しかけてこなくても、こっちを見ていたな」
「そうですね。街の人はみんな、気心が知れていて…。私は慣れてますけど兵長は大丈夫でしたか?」
「あぁ…。テレーズでは噂も視線も冷たかったが、ここは違う」
皆がマヤを娘のように孫のように心配して、愛しているのがよく伝わった。
「だからマヤやマリウスのように、まっすぐに前を見る人間になるんだろうな。ナリスもな」
「ナリスさん…、マリウスが大切だからあんなこと…」
「あぁ、そうだな。誰もが一途だ」
そう話しているあいだにもう、丘の上に立つ樫の木が見えてきた。
「久しぶりにのぼったけど、全然変わってない…」
マヤは樫の木に向かって、駆けた。
「兵長、早く…!」
先に木の下に着いたマヤが呼んでいる。
だがリヴァイは、急ぐことなくゆっくりと歩いていく。
駆けたことでほんの少しだけ息が上がって頬が赤いマヤが。丘の風を受けてなびいているマヤの長い鳶色の髪が。どうしようもなく愛おしい。
二人しかいない今この場所で、独り占めできるマヤの姿を、声を。一歩一歩近づくごとに大きくなって。目に焼きつけておきたくて。
やっとそばに到着したときには、マヤがすねたような顔をしていた。
「兵長が早く来てくれないから、日が落ちちゃう」
指さした先には、ほとんど姿を消した太陽と残照だけが空を朱く染めていた。
「まだ落ちていねぇ」
「そうですね、ぎりぎり夕陽を見れました」
「ここがマヤの生まれた街か…」
壁に囲まれたクロルバには、人々の営みのすべてが凝縮されていた。家に店、学校に駐屯兵団の兵舎。子供たちが遊びそうな空き地に森。トロストより随分と土地に起伏がある。
「あそこ、私が通った学校です」
マヤが指さした学校は、想像していたよりも小規模な平屋の建物だった。
「意外と小せぇんだな」
「そうですか…? 兵長の学校はもっと大きかったの?」
「地下街に学校なんかねぇよ」