第29章 カモミールの庭で
「ハッ、愚痴だと? 女々しいやつだな。てめぇがさっきから垂れ流しているのは、行き場のない怒りを無抵抗の相手にぶつけているだけだろうが。大体てめぇはマリウスを大事に思っているんだろう?」
「あぁ、そうだよ。私は誰よりも弟を愛していた。私が10歳のときに生まれた可愛いマリウス。その髪は明るい金色で、太陽のように光り輝いていた。私が夢中になるのも当然さ。おしめを替え、背負ってあやして、勉強も教えた。いつかは父のあとを継ぐ私の右腕になるはずの弟だからね…」
マリウスのことを語るナリスの瞳は、優しい色を宿している。
「それなのにマヤに骨抜きにされて、クロルバ一立派な我がディーン商会を兄である私と一緒に盛り立てていくことではなく、調査兵団なんかに入った。これが許されることだと考える方が頭がおかしい」
ナリスの瞳にはギラギラとした狂気の光が見え隠れしている。
「……マリウスを愛しているのなら、どんな道を選ぼうとも尊重するべきじゃねぇのか。たとえそれが命を散らす調査兵団であっても。マリウスが調査兵団を志したきっかけや理由はマヤかもしれねぇ。だが理由はなんであれ、入団したのは他でもねぇマリウス自身が決断したことだろうが。それを否定することはマリウスを否定することだ」
「……マリウスを否定? この私が?」
ナリスの声が震えている。
「あぁ、そうじゃねぇか。さっきからてめぇがほざいているのは、マリウスの全否定なんだよ。本当に弟が大事なんだったら、弟の生き方を全肯定してみやがれ!」
リヴァイの声が、びりびりと空気を震わせた。
ナリスは自分がもっとも大切に想っているマリウスを、あろうことか自分が否定していると指摘されて二の句を継げないでいる。
そんな風に考えたことがなかった。
……私はマリウスを否定しているのか…?
ショックを受けているナリスの背後の裏木戸が、ぎいとひらいた。
「リヴァイ兵士長の言うとおりだ、ナリス」
「……父さん!」
出てきたのはナリスとマリウスの父親。
「リヴァイ兵士長、マヤ。息子が失礼をした。許してやってくれないか、まだマリウスの死から立ち直ってないんだ。本当に可愛がっていたからね…」