第29章 カモミールの庭で
「………」
マヤは顔面蒼白だ。
「うちはクロルバ一の商店だ。なんでも卸しているし、人も金も情報も、なんだって集まってくる。駐屯兵のナダルとは別に靴屋の親父も噂話をしていったよ、ついさっきね。マヤ、なんの話かわかる?」
「いえ…」
本当はわかっていたが、否定するしかない。
「相変わらず鈍感なんだね。マヤが恋人を連れて帰ってきたって話さ。今酒場ではその噂で持ちきりらしい。ナダルはマヤがリヴァイ兵士長と帰ってきたと言い、靴屋はマヤが一緒に帰ってきたのは恋人だと言う。これはリヴァイ兵士長=恋人だってことだよね?」
「………」
「何を黙っているんだい? 別に私は君を責めているんじゃない。君がマリウスのことを男として全く意識していないことくらい知っていたからね。かといって他に好きな男がいた訳でもなさそうだ。だから、たちが悪い。マリウスがいつか自分がマヤの初めての男に… と思いこむのも無理はない。さぞ楽しかっただろうね? クロルバ一のディーン商会の息子を手玉に取って」
ナリスの言葉はひとつひとつがマヤの胸に突き刺さった。
……手玉に取るだなんて…。
そんなつもりは全然なかった。
けれどもマリウスの想いに気づいていなかったことは事実だ。
それが鈍感と言うならばそのとおりだし、マリウスを傷つけていたのなら何も弁解はできない。
「ごめんなさい…」
「いやだからね、謝ってほしいんじゃない。謝ってもらってもマリウスは生き返らない。ただ私は無念でならないんだ。あの太陽のようなマリウスが…」
「おい」
とうとうと自身の言葉に酔ったような顔をして話しているナリスを遮ったのはリヴァイだ。
「マリウスはいいやつだった。その兄貴だから敬意を表して黙って聞いていたが、もう我慢ならねぇ」
リヴァイの青灰色の瞳には、怒りと哀しみが混在していた。
「マリウスが死んだのは俺の責任だ。文句なら、こいつではなく俺に言え」
「へぇ…。弟は兵士長を直接かばったのかな? そうじゃないはずだ。暴走した巨人に無惨にも蟻のように蹴散らされたんだよね? 直接の死因は誰のせいでもない。だから私は、弟が調査兵団に入ることになった理由であるマヤにだね、文句? いや違う。ちょっとした愚痴を聞いてもらってるだけさ」