第29章 カモミールの庭で
小さな店内には和やかな空気が流れていた。
窓の外には、一日の終わりが近いことを匂わせる茜色の西日がますます濃くなっていく。
ティーカップは空になっていた。
マヤはリヴァイと視線を交わしてうなずくと、立ち上がった。
「ちょっと兵長を案内してくる」
「どこへ?」
「宿を取ってから、少し街を歩こうと思うの」
「宿? うちに泊まらないのか、兵士長?」
ジョージが目を丸くするが、リヴァイは立ち上がりながら答えた。
「あぁ、そういう訳にはいかねぇ」
「なんでだ? 二階の婆さんの部屋が空いてるから、そこを使えば…」
「あなた…」
ルチアがそっと横からジョージの腕に手を添える。
「兵士長の言うとおりよ、そういう訳にはいかないわ。それでなくても今ごろマヤと兵士長の噂がひとり歩きしているかもしれないのよ? そのうえさらに泊まったとか駄目に決まってるじゃない。ここは田舎なんだから気をつけないと」
「……そんなもんか?」
「そんなものよ」
「そうか、わかった」
ジョージは素直に納得すると、残念そうにリヴァイに告げた。
「今日は仕方がないが、いつかうちに泊まってくれ」
「わかった」
「夕食は一緒に食べるだろう?」
リヴァイが隣に立つマヤの方をうかがうと、こくこくとうなずいている。
「あぁ、そうしよう」
リヴァイのそのひとことで、ルチアが俄然張り切り始めた。
「早速、お夕飯の準備に取りかからなくっちゃ。マヤ、帰りに厚切りのハムを買ってきてちょうだい」
「はぁい。じゃあ、行ってきます」
「気をつけてね」
「暗くなる前に帰ってこいよ」
両親の見送りを背に、マヤはリヴァイと紅茶屋の店舗の扉から表に出た。
「宿は二軒あるけど、オリオンのこともあるし馬小屋が大きい方に行きましょう。こっちです」
先ほど来た道を引き返す。
「さっき通ったディーン商会の裏にあるんです。今は予約だけして、オリオンは泊まるときに連れていってください」
「了解」
宿に向かって歩く二人は落ちゆく西日に照らされて、その影を長く道に残した。