第3章 無口な君は誰がために(暁七)
「なっ」
台所に入ると不知火がいた。包丁を手にし今にも何かを切ろうとしているが、悪い予感しかしない。
「何やってんだ!」
思わず声が荒くなった。不知火がびくっとしてこちらを見る。「宿吏さん」
「今日晩飯当番じゃねーだろ。しかもこんな昼間っから何やってんだ?」
不知火は少し間をあけて答えた。
「本で見たお菓子を、作ろうと思った」
不知火の目線は開かれた一冊の本へとうつる。ページには“マドレーヌ”の文字と写真があった。…なるほど。
「貸せ。俺も手伝うから」
「でも…」
「いいから貸せ。お前に台所爆破されるよりマシだ」
返す言葉もなかったのか、不知火は黙って俺に従った。台所に静かな時間が流れる。
材料を一通り移し終えたところで、さっきの一月の言葉がふと頭をよぎった。
“―女の子が料理をするのは、決まって“誰かのため”なんだよ―。”
隣でバターの包装紙をぺりぺりと剥がしている不知火を見る。こいつも誰かのために台所に立っているのだろうか?