第3章 後編
なんとも言えない空気が一瞬漂ったが、アーデンからの反応が薄かったため、王女はそうだと言い、アーデンに一曲一緒に踊ってくれないかと提案した。
食堂の奥に小さな舞踏スペースが設えてあり、楽師が二人、壁際に控えている。
いつでも踊れるよう最初から準備されていたらしい。
席を立ち、ドレスの裾を優雅にさばきながら手を差し出した。
「一曲だけ。ね、お願い?」
命令ではなくお願い。断りづらい言い方を心得ている。
なかなかの策士だった。父王が亡くなった今、実質的にこの国を動かしているのはこの少女だという噂も頷ける。
アーデンはユーリへと視線を向ける。
助けを求めているのか、許可を取ろうとしているのか——おそらく両方だった。金色の目が「どうする?」と問いかけていた。
ユーリは断るのは失礼だと思い了承すると、アーデンはため息をひとつ吐いた。
「はいはい。——お姫様の仰せのままに」
アーデンは席を立ち、レティシアの前に歩み出た。
190センチの長身が魔導灯の光に照らされ、普通の男とは思えぬ優雅さでその手を取った。
楽師たちが目を合わせ、ワルツの旋律を奏で始める。
アーデンが踊れることに誰も驚かなかったのは、ここまでの彼の所作を見ていた為か。
その足運びは完璧だった。
王女はアーデンを見上げて、目を細めた。
「お上手……本当に、何者なのかしら」
レティシアの手がアーデンの胸元を滑り、肩に触れた。必要以上に近い距離。ターンの度に青いドレスの裾が弧を描き、花の香りがふわりと漂った。
テーブルに残されたユーリの位置からは、二人が踊る姿がよく見えた。
レティシアの表情は——恋する少女そのものだった。政略も計算も忘れた、ただの少女の顔。
ユーリは複雑な表情で2人を見ていた時、ふと、影が落ちた。
視線を向けると、初めて見る顔の整った青年がにこやかに話しかけてきた。