第32章 夜もすがら 契りしことを 忘れずは
「むっ! 汚くなどあるものか。俺の手で蛍が感じてくれた証だろう」
「それは…っそうだけ、ど」
「蛍は俺の吐き出す欲をそんなふうに言ったりしないだろう?」
「それは…杏寿郎の、だから…」
「俺だってそうだ」
拭われた掌を口元に寄せる。
赤い舌で指先を拭うように舐めれば、蛍の顔が更に色付いた。
「蛍のものなら汚くなどない」
「だ、だからって舐め…っ」
「俺は他人の精液など飲んだことはないからな。味はよくわからないが…うん。同じだな」
「え?」
「いつもの蛍と同じ味がする」
「な──」
実際は蛍に有無言わさず拭い取られた為、はっきりとした味も臭いもわからなかった。
それでもほんのりと掌から伝わる甘酸っぱくも感じる匂いは、蛍の匂いだ。
いつも彼女を抱いていた時に味わっていたものと何も変わらない。
ぱくぱくと口を開閉させながら言葉にできていない蛍を前に、にっこりと笑う。
変わらず膝頭で足腰を支えたまま、辛うじて腰に引っ掛かっていたタオルの結び目に指をかけた。
「ぁ…っ」
水分を含んだタオルは呆気なく蛍の体から滑り落ちる。
咄嗟に伸ばそうとした手を握るように掴んで、指を絡めながら顔の横についた。
「見え…っ」
「見せてくれ。蛍の体を余すことなくこの目に焼き付けたい」
「っ」
羞恥で俯く蛍の視界に、はっきりと男性にしかないものが映り込む。
ただの陰茎ではない。
ほんの少し皮から顔を出し、先走りのような蜜を垂らしている。
杏寿郎の雄みのある性器とは雰囲気は違うが、それでも同じものであることには変わりない。
体を重ねる度に慣れてはきたが、未だに杏寿郎の目に余すことなく体を晒すのは多少の恥じらいが残る。
いつも熱い視線を送ってくるものだから、時に視姦されているような気になるのだ。
しかしそれとは比にならない強い羞恥に、蛍は空いた拳を自身の口元に押し当てた。