第37章 遊郭へ
冷たい空気が頬を撫でる。
堕姫に命じられ外出もままならなくなってそんなに経っていないはずだが、久しぶりの外気に感じた。
(帯の気配が近くに感じられない…やっぱり戦闘が?)
外へと続く窓枠に足をかけても、監視している帯の気配は感じない。
監視以上に堕姫の気を引く何かが起こっている証拠だ。
素足のままひらりと暗い夜空を跳ぶと、蛍は冷たい屋根瓦に足を漬けた。
真っ暗な闇の中でも鬼目は利く。
だからすぐに"それ"を見つけられたのか。
「! あれは…」
夜空の闇の中を、ひらりと舞う何か。
一反木綿に似たそれは、形は違えど意思を持つ。
堕姫の異能帯だ。
それも一つではなかった。
よくよく目を凝らせば、二つ三つと空をひらひら飛んでいる。
それも規則を破った蛍には目も暮れず、同じ目的地に向かって飛んでいくのだ。
そこに堕姫がいるのは明白だった。
そして対峙しているであろう天元の姿もあるはず。
本来なら場所がわかれば真っ先に向かうは天元の所だが、まだ確証がない。
帯の異能者である堕姫はいるだろうが、彼女だけしかいなければ飛んで火に入る夏の虫だ。
(この隙に天元の忍獣に連絡を取らないと…!)
あの鼠達なら確実に天元の居場所を教えてくれるはず。
屋根瓦から一跳びで地面に降り立つと、幼く白い足元から夜空より黒い影の波がざわりと湧き上がった。
帯が反応しない今が絶好の機会。
乾いた地に広がる波紋のように、影鬼は蛍を中心とした黒い水面を広げ始めた。
(鼠くん…お願い出てきて鼠くん…ッ)
ざわりざわりと忍び進むような波が地を走る。
常人の目にも映るそれは遊郭に住まう人々に不審の種をばら撒いてしまうかもしれないが、そんなことは二の次だ。
忍獣である鼠達は他の小動物とは足音がまず違う。
犬よりもしなやかに、猫よりも静かに、小さな体を駆使してどんな所にも忍び込む。
その小さな足がもし地に着いて奔走してくれていたのなら。
「──!」
レーダーのように円状に広がっていた影波が、米粒のように小さな足の動きを捉えた。