第20章 きみにより 思ひならひぬ 世の中の
「…杏寿郎」
そう、と闇一色だった視界を開く。
「…その、実は…」
どこか言い難そうに、小声で告げてくる。
つい先程まで感じていた強さを潜めた蛍に、杏寿郎は顔を退いてその表情を伺った。
他にも不安に感じることがあるのかと気にはなったが、急かしはせず。静かに蛍の言葉を待つ。
「私、前から…人間に戻りたいと、思ってはいたの」
ようやく吐き出した蛍の事実には驚いた。
同時に納得もできた。
だからあんなにも世界を責めるような嘆きを見せても、人に戻りたいと踏み出すことができたのだろう。
(蛍の中では、既に固まっていた意志だったのか)
なら何故、今まで一度もその決意を吐露してこなかったのか。
無暗矢鱈に周りに吐き出す性格ではないにしても、それだけ大事なことを、何故自分にも告げてくれなかったのか。
その問いは杏寿郎の視線の訴えで伝わっていたのか。蛍は、迷う視線を恐る恐ると杏寿郎に合わせてきた。
「きっかけは、私以外の鬼」
「…竈門妹か」
「ううん。禰豆子とは別の、鬼。医師としての腕を持つ、女性の鬼なの」
初耳だった。
蛍と禰豆子以外に、鬼殺隊に関与している鬼はいないはずだ。
杏寿郎の口元から笑みが消える。
「炭治郎が鬼殺隊本部に来る前に出会った鬼で、私と同じように、少量の血を飲むだけで長いこと生きてきた女性(ひと)らしいの」
「らしいとは…面識はないのか?」
「会ったことは。でも、炭治郎にその鬼のことを教えて貰ってからは、何度も文通をするようになったから…少しは、知っているつもり。名前は──…珠世さん」
その名には覚えがあった。
京都の屋形船の中で、蛍の口から聞いた名だ。
「確か、紅茶好きの隊士と言っていなかったか」
「よく覚えてるね。禰豆子の名前はよく間違えるのに」
「君の口から女性隊士の名が出る時は、いつも楽しげに話す時だった。彼女達と過ごした時間を振り返るように。…しかしその珠世という者の話をする時は、君からその面影が見られなかった。珍しいものだと気にはなっていたんだ」