第20章 きみにより 思ひならひぬ 世の中の
「杏寿郎は、私のことは求めてくれるのに、他の欲が少な過ぎるから…だから私が我儘になる。手足なんて失わせない。命だって持っていかせない。私が杏寿郎を、無惨から守るよ」
ゆっくりと呼吸を繋いで、声の震えを抑えていく。
鮮やかな緋色の縦に割れた瞳孔を見せる鬼の目は、もう揺らいではいなかった。
「しかし相手は鬼の始祖だ。蛍の手では、頸は取れない」
「うん…わかってる。でも杏寿郎を守ることくらいなら、できる。私だって弱くないよ」
それだけの決意を見せてくれた杏寿郎だからこそ、自分も進むべきだと思った。
嘆くだけなど、救われるだけなど、周りに甘んじるつもりはない。
自分の歩む道なのだ。
自分で取り返しに行かなくてどうする。
「私も…人間に戻りたい。人を殺した罪は、消せないけど。…それも一緒に背負って、生きるから」
噛み締めるようにして告げる。
蛍の口から初めて聞いた覚悟と切望に、杏寿郎は目を見開いた。
「人間になって。杏寿郎と同じ時間の中を、生きていきたい」
人として連れ添う。
この世の人々が当然のようにできることが、蛍にはできない。
杏寿郎は欲がないと言うが、蛍もそうだった。
鬼でありながら人として認められることを望んではいたが、それを柱達に大々的に要求してきたことはない。
何かを望む時。自分が置かれている立場を理解しているかのように、足場から動くことなく幼子のように恐る恐ると手を伸ばすのだ。
「人として、杏寿郎と、家族になりたい」
そんな蛍が、初めて鬼の足場から一歩踏み出した瞬間だった。
無謀でも、夢物語でも。
ただ手を伸ばすだけでなく、自らの足で進もうと。
「ああ…っああ、」
何度も頷く杏寿郎の声に、本来の明るさが戻る。
小さな両手を、更に包み込むように両の手で握り返して。目の前の蛍の額と額を合わせた。
「生きよう。共に、人としての未来を」
望むだけでなく、待ち続けるだけでなく。
自ら掴みに行こうと呼ぶ杏寿郎の声に、蛍はそっと瞳を閉じた。
視界は闇一色。
しかし歩むべき〝しるべ〟は、もう見えていた。