第20章 きみにより 思ひならひぬ 世の中の
「形に拘らなければ、今のままでも二人で人生を歩むこともできる。…だが俺は、君と形あるものになりたいと思ったんだ」
あの時感じた鼓動の高鳴りも。
眩しい程に愛しい景色も。
あたたかい温もりも、甘い匂いも、二人だけが感じることができた空気も。
一生忘れられないだろう。
それ程までに、杏寿郎にとって特別な瞬間だった。
「俺は、蛍の背の君(せのきみ)となりたい」
ただ互いを恋い慕うだけでなく、形あるものとして蛍の唯一の存在になりたいと思った。
京都の南座で知らぬ女性達に告げられたように、夫婦(めおと)という形で蛍との繋がりを求めた。
「家族になりたいんだ」
否定など受け付けない程に、強い杏寿郎の声。
だからこそこみ上げるものを、蛍は声を震わすことで抑え込んだ。
「…私、は…私に触れてくれる、この手が好きなの…杏寿郎の腕の中が、一番安らげるから好き。大きな歩幅で引っ張ってくれるのに、私に合わせて歩んでくれる足取りが好き」
握られていたままの蛍の手に、初めて力が宿る。
揺らいだ瞳をそのままに、両手で大きな掌を包むように握りしめた。
「私は、嫌だよ。夫が五体不満足、なんて。手を握っていて欲しい。抱きしめていて欲しい。隣で並んで立っていて欲しい。同じものを見て、同じものを感じたいって、そう言ったでしょう」
『いつか杏寿郎と、肩を並べて歩みたい…同じ景色を、見て。同じものを、感じて。一緒に、生きていきたい』
涙ながらに、杏寿郎との未来を誓い合ったあの日のことを。蛍も忘れられるはずがなかった。
「だから──…私が、杏寿郎を守るよ」