第20章 きみにより 思ひならひぬ 世の中の
『どんなに信仰深くいたって、大事なものを奪われる時は簡単に奪われる。都合の良い時に助けてくれる偶然なんて、ない』
この世は浮世。
それを彼女も知っていた。
恐らく人であった頃から、見ていた蛍の世界もまたそんな世だったのだろう。
大事なものを奪われる時は簡単に奪われる。
都合の良い時に助けてくれる偶然などない。
それが蛍の人として歩んできた道だったのであれば。
(──ならば、)
音もなく深く呼吸を繋ぐ。
酸素を吸い込み、肺を膨らませば、欠けていた思考が戻ってくる。
考えても仕方がないことは考えるな。
否。考えても仕方がないことだから考えるのだ。
放棄していた思考を、杏寿郎は奮い立たせた。
考えて考えて考えて、絞り出せと。
見つけ出せる答えが無いのならば、残す方法はただ一つ。
答えを自ら作り上げることだ。
「…蛍」
掛襟を握り締め続けていた蛍の手に、己の手を重ねる。
「目を、開けてくれ」
強い声ではなかった。
静かに、問いかけるかのようにも届く杏寿郎の声に、蛍の吐露が止まる。
「感情に打ちのめされてもいい。堰を切って吐き出してもいい。ただ、まだここに残されているものを見ていて欲しい」
鬼である為に生まれた悲劇だが、鬼であるからこそ見つけられたものもある。
その温もりを掌に、蛍はゆっくりと項垂れていた頭(こうべ)を上げた。
打ちひしがれている彼女にかけるべきは、なんなのか。
労りか、励ましか。
優しさか、寄り添いか。
それよりも告げるべきはあると、理性より本能が背を押した。
蛍の為の言葉ではない。
己の為の言葉だ。
「俺は今、ここで心を決めた」
人として生きていた蛍の足場を狭めたものが、神や仏などという想像の類かはわからない。
だが鬼としての蛍の足場を崩しているものの名は、知っている。
「鬼舞辻無惨を、俺の手で終わらせる」