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いろはに鬼と ちりぬるを【鬼滅の刃】

第20章 きみにより 思ひならひぬ 世の中の



 いつもなら、すぐに頭を切り替えて冷静になれた。
 蛍の為に自分ができることはなんなのか。
 手を握り、背を支え、導いてやれることはないか。
 
 しかし鉛で強く殴られた頭は、すぐには動いてくれない。

 鬼と成った者達が辿る末路は、鬼よりも知っている。
 この手で刃を握り、その路(みち)へと辿らせたのは己自身なのだから。


 この世は浮世だ。

 病魔による短い生を閉じた母も。
 強さを得られなかった弟も。
 人生を放棄した父も。
 そして己自身も。

 思い通りに描けない人生の方が長く、不条理な感情が心と体を支配する。

 ただ笑っていたいだけなのだ。
 幸せを望む生き方をしたいだけ。
 心より愛するひとの隣で。

 鬼と化した者達は、その思考すら奪われた者達だ。
 だからこそ鬼殺という路で救い上げてきた。

 悪鬼は滅すべきという思いもあったが、等しく杏寿郎は鬼殺こそ鬼への救いだとも思っていた。 


 しかし蛍にはそれができない。


 彼女を人と同じ命の重さで見るからこそ、死という方法では救えない。
 だからこそこの世の理に抗ってでも、生き抜いてみようと思った。
 鬼の体を成しながら、人の心を持つ彼女と。


(…それが…この末路か…)


 誰が望んで鬼に成ろうなどと思っただろうか。
 今まで滅してきた数多くの鬼の事情などは知らないが、少なくとも目の前で項垂れ震えている彼女のことは知っている。

 誰が望んで実の姉を喰らい、生き延びたいなどと思おうか。
 誰が望んで血深泥の道を歩み、自分の在り方を模索しようなどと思おうか。

 その道しかなかったからだ。
 それでも蛍なりに狭い道を切り拓いて、見つけ出した場所だ。


(その未来が、これか)


 そこで突き付けられたものは、人として、更には女性として在るべきものを奪われた現実。
 沢山のものを奪っておきながら、まだ根こそぎ彼女から奪い取ろうとするのか。





『…別に信仰深くなんかないよ。神様とか、仏様とか…そういうもの、あんまり信じてないし』





 不意に杏寿郎の脳裏に浮かんだのは、京都の任務中に蛍が漏らした言葉だった。
 人々が神や仏を祀る神聖な場所で、ぽつりと漏らした小さな本音。

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