第20章 きみにより 思ひならひぬ 世の中の
初めて想いを通わせ結ばれた日。
初めて体を重ねて未来を誓い合った日。
眉尻をほんの少し下げて、瞳の縁に涙を溢れさせて微笑む蛍はとても美しかった。
一生忘れられないと思える程に。
だからこそわかる。
あの時見た涙が、幸福な思いで流したものではないことは。
「君の嬉し涙は知っている。あれは、とてもそれと同じものには見えなかった」
「……」
「父上に何を言われたんだ? 俺の父だからと遠慮はしなくていい。教えてくれないか」
槇寿郎と酒を酌み交わしていた夜の縁側。
あの場で問い質さなかったのは、槇寿郎を立てたであろう蛍の気遣いを悟ったからだ。
父に喧嘩を売る気はない。蛍の心に寄り添いたいからこそだと告げれば、口を結んでいた蛍は小さく頸を横に振った。
「槇寿郎さんは、関係ない。何も悪くないよ。何も知らなかった、だけだから…」
「それは俺も知らないことなのか?」
「……」
「父上は悪くなくとも、蛍の心を乱す何かがあったんだろう?」
告げるのを迷うかのように言い淀む。
先程までの幸福そうな空気は鳴りを潜め、蛍は唇を結び続けた。
以前ならば、蛍が話したくないと思うことには無暗に頸を突っ込まなかった。
己の知りたい欲の為に、蛍の心を不用意に搔き乱したくはないと思ったからだ。
しかし今は違う。
互いの未来を望むからこそ必要なことだと、じっと杏寿郎も口を噤み応えを待った。
蛍が話し出せる心の準備を、待つように。
「……」
沈黙を続ける蛍の背を、優しく擦る。
己の鼓動に合わせるように、とん、とん、と。
大きな杏寿郎の掌の体温を感じながら、蛍はゆっくりと深い呼吸を繋いだ。
「…跡継ぎを、産まないで欲しいって言われたの」
小さな声で、ぽつりと。
蛍は話し出した。