第20章 きみにより 思ひならひぬ 世の中の
「そうか…父上のことも嫌わないでくれたか」
「うん。きっと好きになれると思う」
昼間は曖昧な答えしか出せなかったが、今は違う。
誰よりも人間らしい感情で苦悩する槇寿郎だからこそ歩み寄りたいと思えた。
「槇寿郎さんにも槇寿郎さんの思いがあって、逸れることもあるかもしれないけど。私の声も沢山聞いてくれたから」
「……そうか」
そんな蛍の言葉に、杏寿郎は噛み締めるように頷いた。
自分では頭ごなしに否定されることが多かった。
ろくに目も合わせてくれず、会話もまともに続かない。
親子であるが故の無遠慮もあったかもしれないが、例え他人であっても逆鱗に触れれば時に拳も振るう。そんな父だ。
異性である蛍に易々と手をあげることはしないだろうと思っていたが、まさか共に酒を酌み交わしてくれるとは。
自分では持てない空気を、蛍は作ることができる。それ故の賜物か。
理由はなんでもよかった。
それだけ、父は父なりに蛍に歩み寄ってくれたのだと知れたのだから。
「…一つ、訊いてもいいか」
「なぁに?」
だからこそ気に掛かることがあった。
「父と話をしたと言っていたが…どんな話をしたんだ?」
「ああ、うん。一度話したけど、煉獄家のこととか…」
「どんな話をして、君は」
「?」
「涙を流したんだ」
千寿郎が深く眠りについたのを確認した後、一人にさせてしまった蛍の後をすぐに追った。
初めて訪れた他人の家で、藤の匂いに中てられて具合を悪くして一人でいるなど。本来なら放置などさせたくはなかったことだ。
それでも千寿郎を案じてくれた蛍の思いも汲んで、弟との時間を優先にした。
どちらも大切で、安易に選べはしない。
だからこそはやる気持ちを足早に変えて、月明りが照らす縁側に人の気配を見つけた。
夜でも映える、自分と同じ焔色の鮮やかな頭。
それが父の頭だと直感した時、斜め向かいに座る蛍の存在に気付いた。
両手で顔を覆い、掠れる涙声で戸惑うその姿を。
一瞬、心が凍り付くように冷えた。
気付けば無意識のうちに父の手からその身を遠ざけようとしていた。
直感でも確かなものだ。
あれは──
「嬉し涙では、なかっただろう」