第20章 きみにより 思ひならひぬ 世の中の
「私だって、初めてだったから。…外でするなんて」
「……」
「それも、好きな人の、ご…ご実家の庭、なんて」
「……」
「やっぱりとんでもないことして……杏寿郎?」
口にして改めて振り返れば、罪悪感というより強い背徳感で委縮する。
しかし微動だにしない杏寿郎は、丸くした目でぽかんと蛍を見ているだけだ。
そんなに驚かせるようなことを言ったかと名を呼べば、一呼吸置いた後。
「っそうか!」
くしゃりと破顔して、それはそれは嬉しそうに笑った。
「わっ杏寿郎…っ」
「なら互いに初体験ということだなッ」
「う、うん」
ぎゅうっと感情に任せて抱き締めてくる杏寿郎の声は、心底嬉しそうに弾んでいる。
今度は蛍が目をぱちりと瞬く番だった。
ぱちぱちと目を瞬きながら杏寿郎の抱擁を受けていたが、やがて今度は爪を立てることなくそっと背に手を回す。
ふわりと表情を緩ませて。
「私も、杏寿郎には初めてを貰ってばかりだよ。今まで感じたことのなかった気持ちよさも、沢山、教えてもらったし…姉さん以外の、誰かの家族になりたいって思ったのも、初めて」
生きる為に利用しかしてこなかった異性を、こんなにも愛おしい存在として見られるようになったなど。
どんなに大きなことなのか杏寿郎は知らないのだろうと、口元を綻ばせて笑う。
(義勇さんが、人間としての私を見つけてくれた人なら、)
水柱の彼は蛍にとって特別な者なのだと、過去杏寿郎に告げられた。
それは否定しない。
蛍にとっても、義勇は安易な言葉で片付けられない特別な存在だ。
しかし彼一人に心を埋めてもらった訳ではない。
「杏寿郎は鬼としての私を立たせて、人間としての私を歩かせてくれたひと」
それだけでは辿り着けなかった。
今此処にいる己の足場も感情も、目の前の炎の彼がいてくれたからこそだ。
「杏寿郎だけじゃなくて、杏寿郎が大切にしている人達を、私も大切にしたいって思えるようになった。そんなの初めてだよ」
「それは…俺の家族のことか?」
「うん」
そっと抱擁を解き、表情を伺ってくる。
そんな金輪の双眸に笑いかければ、穏やかながらも嬉しそうに杏寿郎もまた顔を綻ばせた。