第20章 きみにより 思ひならひぬ 世の中の
「怪我をすれば痛みを感じる。血を流す。生きている証だ。俺も蛍も同じ、何も違わない」
額と額を重ねて瞳を閉じる。
穏やかな杏寿郎の声を聞いていれば、騒ぐ心も不思議と落ち着く。
ゆっくりと息を零すと、蛍は肩の力を抜いた。
「…ごめんね」
「謝らなくていい。苦しいことも気持ちいいものだと、君が言っていたことがわかった。俺にも、この痛みは心地良いものだ」
「…気持ち、よかった?」
「ああ。とても」
「……なら、よかった」
ほんのりと赤みを差す顔を俯かせて、ほっと微笑む。
「じゃああの……私が、綺麗にしてもいい?」
「うん?」
「いや、あの、勿体ない、から…私が舐やっぱなんでもない」
それも束の間。恐る恐ると上げた顔は、告げようとした言葉を呑み込み逃げるように顔を反らした。
「意地汚くてごめんなさい」
微量ながらも、杏寿郎の血の匂いは周りに漂っている。
鬼であれば、すぐに反応を示すもの。
その中で平然としていられる蛍の方が稀なのだ。
それだけ鬼の本能より人としての快楽を求めてくれたのだと、杏寿郎の口元も綻んだ。
「意地汚いものか。鬼ならば当然の感情。蛍が欲しいなら、いくらでも与えよう」
蛍が望むなら、血の跡を舐められるくらいどうということはない。
「本当?」
「ああ。なんなら鮮血を新たに与えても」
「それはいいです。杏寿郎はそれ以上怪我したら駄目」
その線引きはきっちりしているのか、即答で断りを入れた蛍の顔が再び背く。
「それに…お腹は、別で、いっぱい、だし」
ほんのりと顔が赤いのは、声に艶があるのは、果たして気の所為か。
京都の鬼──華響のように人間の生気を吸い取る鬼がいた。
血も精液も人間の体液であることには変わりない。
それを栄養源とする鬼がいても、可笑しくはないのかもしれない。
「……うむ」
しかし今はそんな冷静な思考に染まれることもなく。
弧を描く口元に力を入れて、杏寿郎は曖昧な相槌を打った。
いっぱいだと告げる蛍の中に、これ以上邪な欲望を吐き出さないようにと。