第20章 きみにより 思ひならひぬ 世の中の
熱くて、温かくて、心地の良い。
目の前の体温に身を任せたまま、蛍はうとりと微睡んでいた。
「…?」
いつまでもそうしていたい微睡みの中で、最初に感覚を取り戻したのは嗅覚だ。
すん、と鼻孔が嗅ぎ取ったのは、甘ったるく誘う血の匂い。
(これ…杏寿郎の、血の匂い…)
幾度も味わい嗅いだことがあるからこそ知っていた。
誘われるように顔を上げて、ぴたりとその目が止まる。
「…蛍?」
凝視するように止まった蛍の視線の先には、どうした?と目を合わせてくる杏寿郎。
ではなく。
その頸から垂れ広がっている真っ赤な血の跡に、さぁっと蛍の顔が蒼白に変わった。
「き、杏寿郎っ…その血…!」
「うむ。血だな」
「私が噛み付いたから…っひぇ!?」
「うむ。叫びたい気持ちはわかるが少し声を落とそう。千寿郎が起きてしまう」
がばりと身を起こし、わたわたと蛍が両手を震わせば、指の爪先も赤く染まっているではないか。
杏寿郎の指摘に咄嗟に声を殺すも、蛍の蒼白は変わらない。
「せ…背中…も、引っ搔いて…」
押し流すような快楽の渦に呑まれた時に、咄嗟にしがみついて裂いてしまったのだろう。
「それだけ気持ちよくなってくれたんだろう? 俺を求めてくれた証のようで嬉しいが」
「っ…う、嬉しくても怪我は怪我っ手当てしようっ」
「嫌だ」
「昼間の救急箱…え?」
心底嬉しそうに背中の怪我を語っていたかと思えば、浮かべる笑顔はそのままに。
「嫌だ」
ぎゅっと蛍の背に腕を回して抱くと、はっきりと拒否の言葉を吐き出した。
「俺は、まだ蛍とこうしていたい」
「っでも…止血だけでも、しないと」
「止血ならとっくに呼吸で済ませた。問題ない」
「なら…消毒、しなきゃ。此処、外だし」
「これくらい掠り傷にもならない。そんな軟な体でもないしな」
「だからって杏寿郎は、人なんだから。私と違って」
「同じだ。痛みを感じることに関しては」
艶やかな甘えを見せていた蛍の先程の面影は、何処にもない。
少しばかり残念に思いながらも、普段の顔を見せる蛍に杏寿郎の目元も和らぐ。