第20章 きみにより 思ひならひぬ 世の中の
「すき…大好き。杏寿郎が、すき」
「…誰よりも?」
我ながら幼稚な問いかけだと思った。
それでも訊きたかった。
零れ落ちる真珠のような汗粒一つだって、吐露する細やかな甘えだって、誰にも渡したくはない。
──これ程までに欲しいと願ったものはない。
父も母も、望んだ人から貰える愛情には限りがあって、だからこそ尊く大切にすべきものだと思っていた。
死か、破綻(はたん)か。いつかはぷつりと途絶えてしまうものだからこそ、貰えた愛情を憶えている己の心を大切にすべきだと。
その記憶を慈しむべきだと。
だから欲を張ることはやめた。
大切に心にしまった思い出だけで、己は十分立つことができる。
それがまだ覚束ない千寿郎のような子にこそ、愛は与えるべきものだと。
なのに蛍の前では、そんな自尊心など機能しないのだ。
ひとつ手に入れれば、更にもうひとつ。もっと。足りない。
欲は果てしなく、長年築き上げてきた姿勢など簡単に覆してしまう。
『兄上は…いつも俺に、欲しいものをくれるでしょう? いつも俺や、守る人々のことばかり…考えて。自分のことは、いつも、後回しで』
元から己の心が枯渇していたと気付いたのは、千寿郎の涙を見た時だ。
我慢などしている気はなかったが、一番身近に心を通わせていた弟にしか見えない兄の姿は、確かにあった。
「誰より、なんて比べられないよ」
己を鼓舞し続ける炎で燃やし尽くしたと思っていた心の最下層には、乾ききった底があって。
誰も踏み込ませなかった仄暗い底に、彼女は優しく触れてくる。
「杏寿郎しか、見えてないから」
いつだって彼女は自分が一番欲しい感情をくれるのだ。
幼稚な自分の想いだって、ひとつひとつ大切に拾っては包み込んでくれる。
抱き締めているのに、抱き締められているような。小さな体で大きな抱擁を返してくれるのは、紛れもなく蛍なのだと。
「──…あいしてる」
囁くような愛の音を耳に、杏寿郎は胸のつかえが取れたような表情で瞳を感じた。
(嗚呼、)
月だけが見下ろす屋敷の隅の小さな世界に、二人きり。
尽きることなど知らない蛍の心に浸る自分は、唯一それが許された者なのだと。
そう、気付けたから。