第11章 出港★
甲板。
夜風が、やけに冷たい。
散らかったままの皿を拾う。 指先が、少しだけ乱れる。
「……最低だな」
ぽつり。
自分に向けて。
煙草に火をつける。 火先が揺れる。
吸い込む。 肺が、じん、と熱くなる。
酔ってたのは、あいつだけ。
分かってた。 全部。
あの視線も。 触れた温度も。
「止めろよ、普通……」
笑えない。
煙を吐く。 白が夜に溶ける。
手が止まる。
——引けばよかった。
距離、取れた。 いくらでも。
なのに。
「……らしくねぇ」
低く。
皿を重ねる音が、やけに響く。
逃げなかったのは、あいつだけじゃねぇ。
自分もだ。
むしろ——
「俺のほうがタチ悪ィ」
即答みたいに出る。
分かってて、踏み込んだ。
あいつの“はじめて”。
頭の奥に、重く沈む。
軽く扱ったつもりはねぇ。 そんな器用でもねぇ。
けど。
結果だけ見りゃ、言い訳もできねぇな。
「……クソ」
低く吐く。
視線を落とす。 指先、ほんの少し震える。
——柔らかかった。
思い出すな。
舌打ち。
煙草を深く吸う。 誤魔化すみたいに。
後悔は、ある。
ちゃんと、ある。
でも——
それと同じくらい。
「……また触れたい、とか思ってんのが終わってるな」
乾いた声。
誰もいない甲板。 風だけが抜ける。
灰が落ちる。
靴で踏み消す。
ふと、胸の奥がざわつく。
前の、キス。
あの時みたいに——
何もなかった顔で、 笑って、流されて。
忘れられる。
「……それは」
言いかけて、止まる。
喉が、少しだけ詰まる。
困る、なんて。
言える立場じゃねぇだろ。
「……でもよ」
小さく、滲む。
視線、船内へ。
静か。
あいつ、まだ寝てるか。
忘れられるのも、 覚えられてるのも、
どっちも、タチ悪ぃ。
「……どうすりゃいいんだよ」
答えは出ない。
皿を片付ける手だけが、動く。
今度は丁寧に。
整える。 元通りに。
……戻せるわけ、ねぇのに。
足が、少しだけ——
そっちに向きかけて、止まる。