第9章 はじめて
その日の帰り道。
風は少しだけ静か
何も考えていないはずなのに。
ふとした拍子に、あの日の光景が浮かぶ。
港の風。
誰かの声。
視線。
雨の前に立ち寄ったパン屋の前を通り過ぎる
焼き立てのパンをちぎって渡された感触だけが、一瞬よぎる―
ふと、思う。
さっきまでの風は、もう少しだけ違った気がする。
なぜかはわからない
ただ、どこかが欠けたような感じだけが残っている。
お昼を食べていないことが、頭の隅をかすめる
でも、それはすぐに関係なくなる
足は止まらない
「……あれ」
また、同じ言葉がこぼれる
今度は、すぐに消えない。
呼吸が少しだけ浅い。
理由は、わからない。
でも、それでいい気もしている。