第10章 霧の屋敷の裏側
居間から自室へ戻る長い回廊をひとつ曲がったところで、イルミはふと足を止めた。
「──ゴトー」
静かな声が石壁へ落ちる。
数秒遅れて、薄く開いた食糧庫の扉の奥から黒衣の男が姿を現した。
「……お呼びでしょうか、イルミ様」
ゴトーは眼鏡の位置を指先で整え、恭しく一礼する。
「そこで何してる?」
「戸締りの時刻でございますので。地下区画を順に見回っておりました」
「ふぅん」
イルミは感情の読めない目でゴトーを見た。
「そう。そう言えば……ワイン庫から何本か貰ったよ」
「……左様でございますか。ご丁寧にありがとうございます」
ゴトーは僅かに目を伏せる。
「それだけ。このことは誰にも告げ口するなよ」
一瞬だけ沈黙が落ちた。
「……畏まりました」
ゴトーは静かに頭を下げる。
地下へ降りてきた頃から、微かに人の気配がしていた。
息をどれだけ潜めているつもりでも、完全には消せない。
誰かまでは分からなかったが試しに呼んでみれば、案の定だ。
――母さん辺りかな。
イルミはそれ以上何も言わなかった。
背を向け、そのまま薄暗い回廊を歩き出す。