第8章 不協和音(ディソナンス)
額に汗を滲ませながら銀盆にティーセットを載せ、ゴトーはイルミの私室へ向かった。
警戒を悟られぬよう扉を叩く。
「失礼致します」
室内ではイルミが書類へ視線を落としていた。
一見、いつも通りだ。
だがゴトーは知っている。
イルミは感情を表へ出さない。
しかしその実、何を企んでいるのかわからない不気味さがあった。
そのまま部屋の中央に進みローテーブルへカップを置く。
その時だった。
「……ニナは?」
やはり来たか、とゴトーは思う。
声色に変化はない。だが、“帰宅して最初に確認すること”がそれなのだ。
「ニナ様は現在、ツボネとともに食糧庫におられます」
「……そう」
イルミがカップへ手を伸ばす。
「お声がけ致しましょうか?」
「いや、別にいい。食事の支度でもしているんだろう。早くするよう伝え——」
「いえ、イルミ様」
ゴトーは静かに言葉を遮った。
ほんの僅かに、空気が止まる。
「ニナ様は近頃、厨房から外れております」
イルミのカップを掴みかけた指が止まった。
「……理由は?」
僅かな緊張が走る。
いや何、事実をありのまま伝えるだけだ。
ゴトーの声音がわずかに硬くなる。
「イルミ様がグランツェへご出立された後、ニナ様のご婚約が正式に決定致しました。現在は結婚準備のため淑女として必要な諸事を学ばれております」
カップを持とうとしていたイルミの手が宙で完全に止まった。