第7章 序曲(オーヴァチュア)
応接間に入ると、キキョウ夫人は窓辺の椅子に腰掛けていた。
黒を基調としたドレスに身を包み、背筋を伸ばした姿勢は、いつ見ても気品に溢れている。
———かつて孤児だったという噂を聞いた。
にわかには信じ難いはずなのに、胸の奥に僅かな親近感が残り、奇妙な憧れへと形を変えていた。
ニナは部屋の中央で深く腰を折った。
「お呼びいただき、ありがとうございます。ニナです」
「来たのね」
「はい、奥様」
「そこに立ちなさい」
キキョウはゆっくりと視線をニナに向けた。
その表情には怒りも苛立ちも喜びの色もなかった。
「最近の仕事ぶりは見ているわ」
「…………」
「大きな粗相もない。手も早いし、覚えも悪くない」
「……ありがとうございます」
「だから、次の段階に進んでも問題ないと判断したの」
「……え……」
キキョウは、ただ事実を告げるような声音で言った。
「ニナ。貴女の婚約が決まりました」
ニナの息が止まる。