第1章 君が残したメロウ・ブルー
過去を思い出す手っ取り早い方法は音と匂いだと思う。元カレが使っていた香水、その時代に聞いていた音楽なんかは覿面で、瞬時にタイムスリップできる優秀なアイテムだし。
あとはそうだな。土地の記憶も個人的には起爆装置。懐かしい風景は、その思い出の良し悪しに関わらず色んな物を呼び起こすから、こっちの方が断然厄介に感じるんだ。
「あっついし人多すぎてイライラする」
「絶対38度ぐらいあるよね」
「なんでまたここなのよ」
「だって食べたかったんだもん」
あそこのパンケーキ。そうあっけらかんと笑った友人には、数年かけてアピールしてきたつもりなんだけどな。私が大の人混み嫌いだって。
家を出る時にチェックした天気アプリは最高気温が32度。東京の玄関口、最近は夜にライトアップまでされて、カップルや観光客がこぞって写真を撮るあの場所。ただでさえ初夏特有のじっとり感のある気候に人間の多さが重なれば、そりゃあ体感温度も38度になるよ。
電車を乗り継いで約1時間。改札を出る前、トイレの鏡に映した自分の顔は、既にメイクがよれよれになってた。でもまぁ、コスメも服も見たかったし、私だって甘い物には目がないからいいんだけどさ。
「今日さー、花衣に聞いてほしいことめっちゃあるんだよね」
「こないだの人と付き合いました報告?」
「あー、こないだの人………って誰だっけ」
「あんたサイクル早すぎない?」