第4章 【直哉×無関心女中】
「……これ、お前のために選んだ」
差し出されたのは、小箱ではなかった。
それは、彼女の体に合わせて誂えられた、落ち着いた、けれど品のいい藤色の着物だった。
「袖を通せとは言わん。お前の部屋に置いとけ。……いつか、お前が自分から『着たい』と思う日まで、俺がいくらでも待ったる」
直哉は彼女の目を真っ直ぐに見据えた。
そこには、かつての嘲笑も、自分を誇示するための歪んだ熱もなかった。ただ、一人の女性として彼女を尊ぶ、静かで、深い温度があった。
「直哉様……。どうして、私にこれほどまでに……」
「呪いを解く言うたやろ。……お前に『欲しがる』ことを思い出させるためや。俺のせいで枯れたお前の心に、もう一度、色を乗せたいんや」
その言葉が、の胸の奥で、カチリと音を立てて何かの鍵を外した。
ふと見上げた直哉の瞳。
夕日に照らされたその中には、自分を道具としてではなく、一人の「人間」として愛おしむ光が宿っている。
これまで「無」で守ってきた彼女の世界に、直哉の熱が少しずつ、けれど確実に浸透していく。
彼女は初めて、彼の差し出した着物の布地に、自らの意思で指先を触れた。
「……温かい、です」
ポツリと、独り言のように零れた言葉。
それは着物の質感のことだったかもしれないし、彼女の肩を包む直哉の視線のことだったかもしれない。
の瞳に、ほんのわずかな、けれど確かな「生」の温かみが灯る。
直哉は言葉を失い、ただ呆然とその横顔を見つめることしかできなかった。
これまでは、いくら言葉を尽くしても、高価な物を贈っても、彼女の瞳には自分の姿など映っていないように感じていた。
自分を敬っているようでいて、その実、完璧な書き割りのように心を通わせない——。
そんな彼女が今、冬の澄んだ空気の中で、口元にやわらかな微笑みをたたえている。
「……っ、お前、今……笑ったんか?」
ようやく絞り出した声は、自分でも驚くほど掠れていた。
彼女は驚いたように瞬きをし、少しだけ頬を染めて直哉を振り返る。その瞳には、偽りも、諦めも、冷ややかな礼儀も混じっていない。ただ、直哉という一人の男が映っていた。