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彼はアイドル。

第5章 I want your flavor.




「……着いたよ。地下の、いつもの場所」

深夜1時。スマホに届いた短いメッセージ。
このところ、彼と外で会うときは決まってこの時間、この方法だ。

うさみは目立たない黒のロングコートを羽織り、深くキャップを被って地下駐車場へと向かう。
数ある高級車の陰に、ひっそりと停まっているSUV。
助手席のドアを開けて滑り込むと、車内には彼のお気に入りの香水の香りが微かに漂った。

「お待たせ」

ハンドルを握る拓人は、黒のバケットハットに眼鏡という姿。
車内の明かりを極限まで落としているため、メーターの淡い光だけが彼の端正な横顔を照らしている。

「ううん、全然。本当に行くの? 明日も早いんじゃ……」

「いいの。今日はどうしても、うさみと外の空気が吸いたかった。……シートベルト、して」

彼がアクセルを静かに踏み込む。
ゲートを抜け、都会の深夜の幹線道路へと滑り出した。

「どこ行くの?」

「海。……この時間なら、誰もいない穴場」

車内に流れているのは、彼が個人的に好きな洋楽のプレイリスト。
さっき一瞬、カーステレオにスマホを繋いだ際、画面に表示された「デモ」の文字がついたファイル群を、彼はうさみの視線から遮るように素早く、けれど自然にスワイプして消した。
その無駄のない動きに、かえって安心する。

車は深夜の首都高へと合流する。
オレンジ色のナトリウム灯が、規則正しく車内を照らしては過ぎ去っていく。
常に誰かの視線を意識して生きてきた彼にとって、この車内は、うさみと並んで「外の世界」を共有できる空間だった。

「……こうしてるとさ、普通にデートしてるみたいじゃね?」

「普通じゃないけどね。こんな夜中だし、変装してるし」

「でも、俺にとっては贅沢なデート。……うさみを隣に乗せて、好きな音楽かけて。仕事のこと、一瞬だけ忘れられる」

やがて車は海岸沿いへ。
窓を少しだけ開けると、潮騒の音と冷たい冬の夜風が入り込んできた。

「あそこ見て。星、意外と見えるな」

拓人が指差した先には、都会の喧騒を離れた真っ暗な海と、その上に広がる冬の星座。
彼は車を人気の全くない展望スペースの隅に停め、エンジンを切った。
静寂が二人を包み込む。



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