第9章 菜虫化蝶
「今日がお前の生まれついた日と聞いた。おめでとう、鬼鮫」
いつになく真っ当に笑顔で言われ、鬼鮫はぽかんとした。
「…は?」
「は?って何だ。あれ?日を間違えたか?弥生の18日。違ったか?」
首を傾げて、ああと額を叩きかけた小枯の手を取って止め、鬼鮫はまじまじと小枯を見おろした。
「…誰に聞きました?」
「誰に聞いたかが問題か?てことは今日がお前の生まれ日で間違いはないんだな?菜虫化蝶。然りに生き変わり、羽ばたく機会を寿ぐ良い時節に生まれた。おめでとう、鬼鮫」
手首を握る鬼鮫の手を取った小枯が、その掌に小さな革袋を落とした。
「申し訳ないが大したものではない。でも、お前のことを沢山考えて支度した。良ければ受け取ってくれ」
鬼鮫の大きな手を革袋ごと両の手で優しく握り、包み、小枯は耳を赤くしてちょっと斜め上を見た。
「うん、まあ、本当に大したものじゃないんだ。ただ、私に大事なだけで…つまらないものですがどうぞってのはこういうときに言い回すものなんだな、きっと」
「中を見ても?」
小枯の両手を包まれた自分の手を、小枯の手ごと握って尋ねた声が我ながら優しすぎて、鬼鮫は気まずさに顔を顰めた。
が。
「うん」
素直に頷いて、赤らんだ耳のまま鬼鮫を見、目尻に柔らかな笑みの皺を寄せた小枯に、我知らず顔が弛む。
鬼鮫の手を包んでいた小枯の手が、蕾が綻ぶように緩く開いた。
革袋の紐を解いて中身を掌の上に振り出すと、黒い革紐に煙色の半透明の石のついた首掛けの飾り。
「これは」
黒く硬い革紐をつまんで、ますます耳を赤くした小枯が説明する。
「海辺の里で買った鮫の皮を結って作った紐だ。私が結ったものだから、歪だけれど」
革紐をつまんだ手ごと持ち上げて、不思議な風合いの石を揺らせて見せると小枯ははにかんだ表情を浮かべて、懐かしげに揺れる石を目で追った。
「…この石は、小さな頃、沢で見つけた煙水晶だ。ずっと私の宝物だった石だよ」
薄い琥珀色の煙水晶が鬼鮫と小枯の間で揺れる。
小枯がきゅっと口を引き結んでから、ふっと笑った。
「小さい私から今の私まで、全部知っているちょっと恥ずかしい宝物だから、人には見せるなよ?内緒の秘密だ」
しーっと、口の前に指を立てて呼気を鳴らした小枯を見て、鬼鮫は黙り込んだ。
どうして反応していいか、わからない。
