第8章 時雨と瑪瑙
初めて会ったとき、小枯は弐の社の拝殿の、東の翼殿の格子窓の側で表を眺めて鼻歌を歌っていた。
弐の社にきたのはこの日が初めて。
南天は参の牟礼の子だ。
壱の牟礼、弐の牟礼、参の牟礼からなる経巡の里は、互いに密に繋がり合ってはいるけれどそれは大人の世界のこと。
子供は簡単に牟礼を行き来できない。当たり前だ。それぞれが山なのだから、子供の足で易易と遊びに行ける訳もない。だからよその牟礼に行くのは何がなし晴れがましく、心躍ることだった。
今もそう。
初めて見る弐の牟礼の、同い年くらいの女の子は、半分男の子みたいに身体がしゃきっとしていて肌が浅黒く、行儀に無頓着な風に見えた。
窓表を見ながら口ずさんでいるのは青い稲と早蕨を歌った豊年の童唄。
青い田の畔で早蕨を摘んで睦まじい筒井筒の歌でもある。
この春の終わり、つい先日13になった南天は、同じ参の牟礼のひとつ下の幼馴染、初枯を想って頬を染めた。
自分と初枯の歌のよう。
そう思ったら、それを歌う小枯が好ましく思えた。
「こんにちは」
歌が終わるのを待って声をかけたら、小枯はびっくりしたように振り向いて、目を瞬かせた。あどけない顔が思ったより幼くて、何となく笑ってしまったことを覚えている。
歌う小枯の声は童女らしくもなく柔らかに低く、同じ年か少し上かと思ったのだが、稚い驚きを無防備に浮かべる顔はふたつみっつ下の子に見える。
実際このとき小枯はまだ十で、南天のみっつ下だった。
その幼い小枯が、この出会いの後、時雨で削れて寝込むことになるなんて、この時の南天は予想だにしていなかった。
大体、小枯が時雨を出せることも知らなかったのだ。
「…こんちは」
小枯はきまり悪そうに着物を払って正し、丁寧に頭を下げた。
南天を待たず先に着付けたものらしく、白い水干と長袴の白拍子姿の姿勢が綺麗でしゃんとした身体が品よくおさまっている。日に焼けた肌が装束の白さに映えて健やかだ。
「あなたも舞を舞うの?」
優しく尋ねれば、頷いて今一度頭を下げる。
「雨乞いの舞を舞います。私は小枯といいます。今日は、よろしくお願いします」
「私は南天。豊年の舞を舞うの。こちらこそよろしくね」