白と黒のハーモニー 第二局 【ヒカルの碁・緒方精次】
第6章 ● 囲碁ゼミナール ○
5月4日、夕刻。空は茜から藍へと移ろい、棋院内のカフェは柔らかな灯りに包まれていた。ガラス扉が押し開けられ、入ってきたのは白川だった。軽い足取りでカウンターへ歩み寄る。
「いらっしゃいませ」
星歌が微笑むと白川は片手を挙げて応え、席に腰を下ろす。注文を済ませると、白川は肘をカウンターに置き、声を潜めた。
「『留守の間、星歌を頼む』って、緒方に言われたよ」
緒方の口調を真似て低い声で言う。
星歌は思わず、クスクス笑う。
「白川先生、似てます」
次の瞬間には、胸の奥がじんわりとあたたまる。精次さんが、そんなことまで気にしてくれてる…。
「アイツが『最愛の人だ』って叫んだから騒ぎになってるっていうのにさ。…でも、緒方は本気だからね」
星歌は小さく頷く。「留守の間、星歌を頼む」その一言に、遠くにいる緒方の想いが確かに感じられた。精次さんが帰ってくるまで、ちゃんと待ってる。
窓の外では一番星が静かに瞬いていた。
同じ頃、緒方の滞在先のホテルでは、囲碁ゼミナールの初日が終わったところだ。地元の囲碁愛好家たちに誘われ、緒方は十段祝いと銘打った飲み会に参加していた。
乾杯の音頭が鳴り、賛辞が飛び交う。
「十段獲得、おめでとうございます!」
「最終局の中押し勝ち、芸術的でした!」
「ありがとうございます」
酒が進むにつれ、話題は自然と「ハッピー緒方」へと移っていく。
「緒方先生、いい人がいるんでしょ?」
「そりゃ先生だっていい年だし、イケメンだもんね」
「お相手、どんな人ですか?」
笑い声が重なり、視線が集中する。
緒方はグラスを置き、静かに、しかし、しっかりとした声色で告げた。
「彼女はオレの最愛の人です。彼女がオレに力をくれる」
一瞬、座敷が静まり返る。
「さすが緒方先生!かっこいい!」
「今どきの男はそうじゃなきゃな!
「最愛の人って映画みたいだぞ!」
拍手と歓声が沸き起こる。それ以上の詮索は、誰からもなかった。
緒方は、静かにグラスを傾ける。…星歌の笑顔が、オレの碁を強くする。もっと強くなって、星歌を守り続ける。窓の外では、数多の星が輝いていた。