第6章 偽物の星空を語った日
強引に腕を引かれ押し込まれたエレベーター。レノが押したボタンは、食堂のある階で止まった。
唖然とするアグレイスを前に、鼻歌混じりに差し込まれたカードが、自動販売機の取り出し口をにぎやかにする。
「そらっ」
二人分には多すぎるパンがアグレイスに押し付けられた。
残業ですっかり遅れた夜食。香ばしさと柔らかさに刺激された腹の虫が鳴く。
慌てて靴を鳴らして誤魔化してから、こっそりレノの方を窺う。
赤毛が踊る背は、飲み物を選んでいた。
コーヒーで両手が塞がったレノが、顎でエレベーターを示す。
肘で押されたボタン。止まったのは訓練施設があるだけの階。
「外に行くんじゃないの?」
もっとも外に出たところで、ミッドガルの空は分厚い雲が独占している。環境の悪さで曇った上層もさることながら、下層なんてプレートに邪魔されて天然の空すら見えない。
カードを当てて入り口を抜けると、無機質な空間が広がる。
レノは備え付けの台にコーヒーを託すと、制御用のパネルに指を滑らした。
彼女が覗き込もうとすると、後ろ手で頭を軽く抑えられた。
しぶしぶ、コーヒーに手を付ける。まだ温かい。
湯気と共に立ちのぼる焦げた香りが鼻を抜けて、苦みとその奥にある濃厚な深みが口の中一杯に広がった。
「まあこんなもんか」
レノから満足気な声が上がった。最後とばかりに強く押された指に、室内の電源が落ちた。
暗闇に、白い点が浮かぶ。
ひとつ、ふたつ。
やがて数えきれないほどの光が無機質な天井を星空へと変えた。最後に浮かんだ満月が、彼女の頬を淡く照らした。
「すごい……」
小さく息が漏れる。
”だだっ広い部屋”は、瞬く間に星空になった。
訓練施設にこんな使い方ができるとは誰も思わないだろう。