第88章 淋しい夜〜冨岡義勇
美月の言葉に嘘はないと信じ切っている無一郎は、彼女が鴉の銀子に伝言を頼んでいないことなど、微塵も疑っていなかった。
「…そっか。それなら、大丈夫だね」
無一郎の声は、少し疲れていた。
昨夜から始まった美月の簪探し。
夜通し森を歩き回り、無一郎の体力と精神力は、すでに限界に達していた。
普段なら冷静な判断ができるはずの彼も、積み重なる疲労と、巧妙に作り込まれた美月の母の形見を失くしたと言う嘘に惑わされきっていた。
美月は、無一郎の足取りがわずかにふらついているのを見逃さなかった。
無一郎の瞳は焦点を結びづらそうに揺れていた。
無一郎様も、睡魔には勝てないのね…
彼女が銀子に指示を出したというのは真っ赤な嘘だった。
それどころか、わざと銀子が入り込めないような深い森や複雑な経路を選んでここまで誘導してきたのだ。
無一郎の屋敷に連絡が届くはずもなく、今頃屋敷の隠達は、音信不通となった柱の捜索に混乱が生じているだろう…。
「無一郎様、顔色が真っ青ですよ…。あんなに一生懸命探してくださったから」
美月は、無一郎の袖をそっと引いた。
「この先に、知り合いが営んでいる藤の花の家紋の宿があります。そこで少し、身体を休めませんか? 簪は、無一郎様が眠っている間に私一人でも探してきますから」
「…いや、一人にするのは危ないよ…。でも、昼間か…そうだね。少しだけ…目を閉じたいかな」
無一郎は眠気には勝てなかった…。
ふわふわとした感覚の中で、美月の案内する方へと導かれていく。
一方、その頃。
無一郎が本来いるはずの街で、義勇は困り果てていた。
手がかりは一切なく、まるで神隠しにでもあったかのように時透無一郎の気配が消えている…。
「どこへ行った、時透」
義勇の胸に、嫌な予感の冷たさが広がっていた。