第88章 淋しい夜〜冨岡義勇
義勇が去った後ゆきは一人、彼に寝かされた布団の中で丸まり、ぽつりと呟いた。
「ついて…行きたかったな…」
けれど、どうしてもあの条件を呑むことはできなかった。
義勇の熱い視線に、唇に、心が凍りついたわけではない。むしろ、彼が向ける情熱はあまりに真剣で、眩しすぎた。
だけど義勇にはしのぶという恋人がいる。
「…口付けは、できないよ…」
やりきれない想いを誤魔化すように、ゆきは深く布団を被った。
その瞬間、義勇の香りふわっとした。
ここは彼の部屋で、これは彼が毎日使っている寝具。
包み込まれるような感覚に、なぜか落ち着いていく。
昨夜の寝不足と、無一郎への募る不安。
「無一郎くん…」
ゆきは義勇の残香に守られるようにして、いつの間にか眠りへと落ちていった。
一方、義勇は風を切って、無一郎が向かったはずの街へと急いでいた。
時透の鴉は何をしている? 異常があれば、すぐさま本部に伝令が飛ぶはずだ。それが一切ないのは…おかしい
胸をざわつかせるのは、行方不明の時透の事だけではない。
先ほど、ゆきに拒まれた事が…胸を締め付けてどうしようもない虚しさで溢れていた…
しのぶという存在がありながら、ゆきの時透への純粋な想いに、どうしようもなく嫉妬し、ゆきを試すような真似をしてしまった…そんな自分が恥ずかしい…。
俺は一体、何を焦っている…
考え事をしている間にも街に義勇は、到着していた。
だが、義勇が辿り着いた街に、無一郎の姿はなかった…。
その頃、無一郎と美月は、当初の目的地から大きく外れた隣町にいた。
「森で失くした簪を探してほしい」
という美月の涙混じりの願いを聞き入れ、捜索を手伝ううちに、いつの間にかここまで誘導されていたのだ…。
「時透様、本当にすみません。私の不注意で、こんな遠くまで…」
申し訳なさそうに俯く美月を、無一郎はぼんやりと、け見つめる。
「いいよ。見つかるまで付き合うから」
「ありがとうございます…」
すべては美月の計算通りだった。
帰ってこない、自分達を心配して誰か来るだろうと予想していたから…
「そう言えば銀子に、ちゃんと屋敷の隠に伝えるように言ってくれた?美月の母さんの形見の簪が見つかるまで帰らないって」
「はい!勿論です」