第88章 淋しい夜〜冨岡義勇
騒然とする無一郎の屋敷。隠たちの慌ただしい足音と、飛び交う怒号に近い報告の声。
「ゆきさん、ここは我々に任せてください。貴女はいつも通り、水柱様の元へ稽古に…」
常駐の隠が、不安に震えるゆきの肩を優しく叩いた。「夕刻にお戻りになる頃には、きっと時透様も帰っていますよ」
その言葉に、ゆきは力なく頷くことしかできなかった。
義勇さんなら…柱同士、何か知っているかもしれない
一筋の希望に縋るように、ゆきは夜明け前のまだ少し薄暗い道を、義勇の屋敷へと走った。
義勇の屋敷は、まだ早朝なので静かだった。ようやく隠たちが動き出す時間…。勝手知ったるかつての住処を、ゆきは迷わず奥へと進む。
「義勇さん…義勇さん?」
ふすま越しに、震える声で名を呼ぶ。返事はない。
だってまだこんな早朝だもん…
だけど、ゆきには余裕がなくなっていた…そっと指先で、障子を引き開ける。
そこには、まだ眠りに落ちている義勇がいた。
規則正しい呼吸、わずかに乱れた髪。その寝顔を見つめるうち、ゆきの視線は寝間着の袖から覗く右腕に目が止まった。
白く巻かれた包帯。それは、あの日自分を庇った時に出来た傷…。
私のせいで…。まだ、こんなに痛々しい…
込み上げる申し訳なさに耐えきれず、ゆきは側に膝をついた。
そして包帯にそっと指先を触れさせる。
その瞬間だった。
「 何者だ!」
鋭い声と共に、視界が反転した。
凄い力がゆきの手首を捕らえ、そのまま畳へと押し伏せる。
「あ、あの…わ、私です…ごめんなさい…」
「…ゆき?」
義勇はハッと我に返ると、すぐにその手の力を緩めた。
「すまない…。怪我は、ないか」
離れるどころか、さらに顔を近づけて、義勇はゆきの頬に触れた。組み伏せたままの体勢で、二人の吐息が重なり合う。
「無一郎くんが…帰ってこなくて…義勇さんなら柱同士何か共有しているのではいかと思って…」
目の前で、涙を流しているゆき…時透が戻らず不安でこんな早朝から俺の所に来たのか…?
「時透の情報は鴉からは残念ながら何も来ていない…だが案ずるな。あいつがそう簡単に死ぬはずがない」
俺の腕の中でゆきは、弱々しく泣いていた…。