第88章 淋しい夜〜冨岡義勇
ひらひらと舞い落ちる花びらが、視界を桜色に染めていく。
満開の桜の下、私は誰かを待っていた。
その人の顔は霞んで見えないけれど、触れ合う指先の熱だけがどこか懐かしくて、切ないほどに胸が締め付けられる―。
不意に肌を撫でた冷たい風に、重いまぶたを持ち上げた。
「…あ…」
ぼんやりとした視界に映ったのは、無一郎くんの部屋の景色だった。
私は膝を抱えたまま、彼が大切にしていた紙飛行機を壊さないよう、そっと握りしめていた。
どれくらい眠ってしまったのだろう。
部屋を見渡すが静まりかえったままだった…
「帰って…こなかったんだね」
ぽつりと溢れた独り言が、冷えた空気の中に溶けて消えた。
私はたまらなくなって、乱れた髪をかき上げながら部屋を飛び出した。
廊下に出ると、昨夜の静寂が嘘のように、隠達が慌ただしく行き交っている。
その尋常ではない空気に、心臓の鼓動が早くなる。
「あの…無一郎くん…いえ、時透様は!? まだお戻りではないのですか?」
必死に呼び止めた隠のひとりが、苦渋に満ちた表情で足を止める。
「現在、鎹鴉を飛ばして情報を収集しております! 今しばらく、こちらでお待ちください!」
「そんな…」
待つことしかできないもどかしさが、涙となって溢れそうになる。
今この瞬間も、無一郎くんはどこかで怪我をして動けなくなっているのかもしれない…
心配と不安でゆきは、押し潰されそうになった。
一方で、朝の柔らかな光に包まれた森の奥では、全く別の時間が流れていた。
結局、二人は夜が明けるまで必死に簪を、探し続けていた。
しかし、いくら土を払い草木を分けても、あの大切な品は見つからない…。
何故なら美月が持っているから…
その場に泣き崩れてしまった美月を、無一郎は言葉少ないが、優しくあやし続けた。
やがて力尽きた二人は、大きな木の下で寄り添うようにして眠りについた。
美月は無一郎の体にぴたりと身を寄せ、無一郎は、肩を抱き寄せるように腕を回した…。
屋敷に帰らない柱と継子…隠達が騒然とする中、二人は静かな森で、朝日を浴びて穏やかな寝顔を並べていた…。
美月は、満足だった…大好きな無一郎との幸せな時間…
屋敷で騒ぎになっている事など二人は知る由もなかった…。