第78章 離れゆく気持ち…
刀鍛冶の里の冷え切った朝の空気は、想像以上にゆきの身体を弱らした。
「わかった…とにかく宿に戻ろう。」
ゆきは、自分でも身体がおかしいのを感じ取り義勇の言う事を素直に聞き入れた。
宿へ戻る道すがら、義勇の腕に支えられたゆきの歩調は目に見えて乱れ、その頬は異常な赤みを帯びている。
「…はぁ…」
か細い声と共に、ゆきが力なく倒れかかった。
義勇は咄嗟にその身体を横抱きに抱え上げた。
腕の中に伝わる熱は、先ほどまでの拒絶の熱ではなく、明らかな病の熱へと変わっていた。
宿の奥、本来ならば昨日から二人で過ごすはずだった畳の部屋。
義勇はゆきを静かに布団へ横たえると、すぐさま濡れ手ぬぐいを用意し、その額にあてた。
「すまない…。俺が悪い…全て」
後悔の念が、義勇の声を震わす。
ゆきは熱に浮かされた瞳で、ぼんやりと天井を見つめていた。
視界が揺れ、義勇の顔が二重にも三重にも重なって見える。
「…ぎゆう、さん…」
「ここにいる。どこへも行かない」
義勇は、彼女の手の甲にある傷を避けながら、その指先をそっと包み込んだ。
先ほどまで「気持ち悪い」と拒んだはずの義勇さんの手が、今は悲しいほど心地よく感じる…。
「薬を持ってくる。それまで少し眠れ」
立ち上がろうとする義勇の羽織りの袖を、ゆきの震える手が弱々しく掴んだ。
「…いかないで。しのぶさんのところ、いかないで…」
うわ言のようなその言葉が、義勇の胸を鋭く刺す。
その時部屋にしのぶが入ってきた。
「熱があるようですね、私が看病しますので冨岡さんは刀の調整に行ってきてください。」
しのぶは、ゆきが弱々しく義勇の羽織りの袖を掴んでいる手を引き離した。
「ゆきさん…冨岡さんを困らせないで下さいね。」
「胡蝶いいんだ…困ってなどいない」
しのぶの手を遮るように、義勇はその上からゆきの手を握り直した。
「俺もここに残る。刀の調整はゆきが治ったら共に行く」
しのぶの寂しそうな視線と、昨夜の柔らかな肌の感触が脳裏をよぎる…が…
胡蝶…すまない…俺は…俺は…
罪悪感はあるが、義勇は震えるゆきの手を離せなかった。