【呪術廻戦/五条悟R18】── 花冠の傍らで ──
第3章 「咲きて散る、時の花 前編」
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どれくらい走ったのか、もう分からない。
気づけば、階段を上がり、薄暗い廊下にいた。
(ここ、何階だろ?)
窓の隙間から、風がすっと入り込む。
どこかで、軋んだ木枠がかすかに鳴った。
だけど、それすらもすぐに闇に吸い込まれて、消えてしまう。
胸が痛い。
五条さんの言葉が、何度も頭の中で反響していた。
『お前みたいなの、いてもいなくても同じだろ。やめたら?』
目の縁が滲んで、気づけば頬にぽたりとひとしずく。
五条さんがああ言ったってことは……先生も本当はそう思ってるのかな。
“わたしなんか、呪術師やめた方がいい”って。
もし……本当にやめたら――
(……ううん)
私はかぶりを振った。
そんな考え、吹き飛ばすように。
(自分で選んだ道だもん)
異端でも、魔女でも、どう言われようと。
この力で、何度だって傷ついたとしても。
それでも。
こんなことで立ち止まっていたら。
先生の背中になんて、一生追いつけない。
そう思ったら、涙が止まっていた。
私は袖でそっと目元を拭うと、吸い込む空気の冷たさに身を震わせた。
(……よし、客室を調べよう)
私はひとつ、またひとつと客室の扉を開けていった。
どこも静まり返り、埃をかぶったカーテンが揺れるだけ。
呪霊の気配は微塵も感じられなかった。
部屋を開けるたび、緊張で手が震える。
もし、このまま本当に出てきたら……
呪霊と一人で対峙できるのだろうか?
心細さがまた胸の奥で膨らみかける。
(でも――)
自分の不始末くらい、自分で何とかしなきゃ。
じゃなきゃ、先生の隣に立つなんて到底できない。
そう自分に言い聞かせて、次の扉の前に立つ。
(これで……何部屋目だろ)
深く息をついて、ノブに手をかけた。
そして、ゆっくりと――扉を押し開ける。
きぃ……。
古びた蝶番の音とともに、隙間から部屋の中が見えた。
暗がりの奥に、何か――大きな影。
「……は?」