【呪術廻戦/五条悟R18】── 花冠の傍らで ──
第7章 「背伸びの先にある恋**」
***
翌日の午後。
消毒液の匂いが漂う、高専の医務室。
私は硝子さんのお手伝いとして、運ばれてきた備品の片付けや、書類の整理をしていた。
「悪い、三十分だけ仮眠とる。あとは適当に頼む」
硝子さんが短く欠伸をする。
「はい、お疲れ様です。ゆっくり休んでください」
そう答えると、硝子さんは部屋の奥にあるベッドにごろりと横になり、シャッと音を立ててパーティションのカーテンを引いた。
医務室が急にしんと静かになる。
私はパイプ椅子に座り直して、手元の書類にもう一度目を落とした。
けれど、文字を追っているはずなのに、全然頭に入ってこない。
結局、視線を紙の上から外して、ぼんやりと宙を見つめた。
(……はぁ。週末、どうしよう)
昨日の夜から、ずっとこの調子だ。
気づけばため息ばかりついている。
頭の中で、カフェで聞いた大学生たちの笑い声と、昨晩ベッドの中で繰り返した自分の謎の掛け声がぐるぐると回っていた。
『絶望的にキスが下手で萎える』
『マグロだし』
『俺なら、勃たないわー』
焦りが再びじわじわと這い上がってくる。
チラっとカーテンの閉まったベッドの方を見ると、 規則正しい寝息が聞こえてきた。
硝子さんは徹夜明けだと言っていたし、きっと深く眠っているのだろう。
(……今のうちに、少しでも練習しておかないと)
コラムで読んだ『黄金の角度』を思い出す。
少し顎を引き、斜め45度に小首を傾げる。
(……よし。角度はこんな感じ。あとは、声……)
目を閉じ、頭の中に先生の顔を思い浮かべる。
かっこよくて、余裕たっぷりで、甘く笑うあの顔。
先生にリードされているところを想像しながら、口を少しだけ開いた。
「んっ……ふぁ……っ」
静かな医務室に、自分の変な声が響く。
(……っ、やっぱりなんか違う! そもそも、何が正解がわからないっ!)
もう一度角度を微調整し、息の量を多めにして再挑戦する。
「んんっ……ふぁぁ……っ、んっ……」
(……あれ。今の、ちょっといいかも)
ほんの少しだけ希望が湧いた、その瞬間。