【呪術廻戦/五条悟R18】── 花冠の傍らで ──
第1章 「香惑の宵**」
午後の医務室は、しんと静まり返っていた。
窓から差し込む光が、カーテン越しに淡く揺れる。
「硝子、いる〜?」
ノックもせずに顔を出したのは、五条悟。
診察ベッドにも椅子にも人影はなく、応答もなかった。
「んー……外か?」
気まぐれに棚へと目を向けた五条は、
すぐに、ひときわ目立つ“異物”に気づいた。
小さなガラス瓶がひとつ。
医務用のラベルもないまま、棚の奥にぽつんと置かれている。
「……なんだこれ」
取り上げてみると、
掌にすっぽり収まる、丸いガラス瓶。
中には、淡く紅みがかった液体がとろりと揺れていた。
ちょうどそのとき、
扉の向こうから足音が戻ってきた。
タイミングよく扉が開き、
白衣を羽織った家入硝子が戻ってきた。
「五条、薬品棚のものに勝手に触るな」
「硝子、これ何? 毒? 爆薬?」
「あぁ、それか。七海が任務中に呪詛師から押収してきたやつ」
「へぇ。で、中身は?」
硝子は煙草をくわえたまま、肩をすくめた。
「薬草から抽出したもの。漢方みたいなものだな。毒性もなし」
「ふーん、漢方ねえ? どんな効果があるの?」
「……媚薬、らしい」
五条が噴き出す。瓶をゆらゆら揺らしながら、にやにやと笑った。
「なるほどねぇ……健全じゃない感じ、たまらないね」
「そういう目的で使われてたんだろうな。成分的には大したもんじゃないけど……」
「確認だけど、害はないんだよね?」
「ないよ。体温が上がって、感度が上がるくらい。あと、少し眠くなるくらい」
五条は瓶をじっと見つめる。
やがて、思いつめたような顔で小さく頷いた。
「ふーん。……じゃあこれ、もらってくね」
「は?」
振り返ったときには、五条の手に瓶はあって、
その足はすでに医務室の外に向かっていた。
「おい五条、待て、それどこに持って――」
「そうだ〜、この後任務だ。急がなきゃ〜」
抑揚もなく、棒読み。開き直ったような声だった。
ドアがパタンと閉まる。
残された硝子はしばし絶句し――
ため息と共に、煙を吐いた。
「……ごめん、」
その視線の先、ガラス瓶のあった空間が、どこか妙に不吉な予感が残っていた。