【呪術廻戦/五条悟R18】── 花冠の傍らで ──
第4章 「咲きて散る、時の花 後編**」
「きっかけとか、理由とか、顔とか……全部忘れても。感情だけは、ふとした拍子に蘇ったりする」
私は胸がじんわりと温かくなるのを感じた。
忘れてしまうのが怖い。
けれど、完全に消えてしまうわけじゃない。
そう思えるだけで、少しだけ救われた気がした。
「つまりさ――人間の脳は、簡単には忘れないってこと」
硝子さんは、淡く笑って言った。
その声には、不思議と安心感があった。
「……ありがとうございます」
そう言って頭を下げると、硝子さんはほんの少しだけ意地悪そうな笑みを浮かべ、
「それと……あのクズのこと、よろしくね」
「え?……はいっ」
思わず、ちょっと声が裏返ってしまった。
照れてるのが自分でも分かって、顔が熱くなる。
「じゃ、向こうの私によろしく言っといて」
「もちろんです」
硝子さんがドアノブに手をかけ、出ていこうとするそのとき。
ふと立ち止まって、こちらを振り返った。
「あ、戸締りしっかりね。五条が夜這いに来るかもしれないし」
「へっ!?」
「私の部屋は隣だから、何かあったらいつでも呼んで」
そう言い残して、硝子さんは肩を揺らしながら出ていった。
扉が閉まる音がして、部屋の中にしんと静けさが戻る。
(……ふぅ)
ベッドの縁に腰を下ろして、深く息を吐く。
(さすがに……疲れたな)
目を閉じると、今日一日の出来事が脳内をめぐる。
未来から来てしまったこと。
五条さんたちとの出会い。
時屍獣と戦闘。
そして、五条さんと……キス。
(明日には、全部“なかったこと”になる)
私はゆっくりとまぶたを開け、天井を見つめた。
淡く灯る蛍光灯の明かりが、どこか遠く感じる。
(でも、硝子さんの話が本当なら)
(いつかまた、思い出せる日が来るかもしれない)
(心のどこかが、今日抱いた感情を探し続けてくれる気がする)
静かな部屋に、時計の針の音だけが響いていた。
そのリズムに耳を傾けながら、私はそっとベッドに片手をついた。
(……よし。シャワー、浴びよ)
気持ちを切り替えるように部屋着とタオルを抱えて、私は静かな廊下へと歩き出した。