【呪術廻戦/五条悟R18】── 花冠の傍らで ──
第3章 「咲きて散る、時の花 前編」
信じられない、としか言いようがなかった。
「ど、どうしましょう……これ……!」
私は縋るように五条さんを見上げた。
武士たちは馬の腹を蹴り、すでにこちらに向けて槍を構えている。
平安の女たちも、静かに、けれど止まることなく這い寄ってくる。
「簡単だよ」
五条さんがふっと笑った。
「元の世界に戻すだけだ」
その声が妙に頼もしく響いた、次の瞬間――
「術式順転 出力最大」
低く呟かれた声と同時に、空気が激しく軋んだ。
「蒼」
空間の一点が見えない力に引き裂かれたように波打ち、凄まじい風圧が廊下の奥から一気に押し寄せてくる。
「きゃあっ!」
全身が浮き上がりそうになり、思わず私はその場にしゃがみ込んだ。
空気が唸り、ホテルの壁が軋みを上げた。
ティラノサウルスの咆哮がかき消え、馬に乗った武士たちも、平安の女たちも、まるで紙人形のように巻き上げられていく。
壁にかかっていた絵画は次々と吹き飛び、崩れかけた階段がひしゃげる。
廊下の先では、バリンッと窓ガラスが砕ける音――
このホテルは今、五条さんの術式に建物ごと呑まれていた。
「もう、隠れる場所はないぜ」
渦の中心に立つ五条さんは、冷ややかに口元を歪めると、
「かくれんぼは終わりだ」
その視線の先――
空間の裂け目が口を開けていた。
私もつられるようにそちらへと目を向ける。
歪んだ闇の中心から、何かが這い出してきた。
ずるりと濁った音を立てながら、黒と灰の間のような肉塊が蠢く。
片側の顔は人間――
だが、もう片方は骸骨の獣面。
口の奥では無数の歯車が噛み合い、目の奥では時計の針が逆回転している。