第22章 繋がる鎖、壊れる仮面
『……やっぱり』
私の指先から零れ落ちたその言葉は、
まるで祈るような声色で、彼の胸に触れた。
次の瞬間だった。
『──何してんだよ』
掠れた低音が、私の鼓膜を叩く。
彼の手が私の手首を掴み──
そのまま、背中が無機質なコンクリートにぶつかった。
乾いた衝撃音。
けれど、私は目を逸らさなかった。
その力に“怒り”はなかった。
ただ、それ以上近づくなと警告するような、拒絶の意思だけが込められていた。
『……あなたって、』
息を整えて、私は彼の瞳を真正面から見つめる。
『……焦凍と、兄弟……なんだよね?』
その瞬間。
一切の表情を殺していたはずのその男の、
深い青の瞳が、明確に揺れた。
些細な変化だった。
けれど、私の目はそれを見逃さなかった。
わずかに見開かれた瞳孔。
止まったままの呼吸。
言葉を紡ごうとすらしない、沈黙の重み。
その反応だけで、私は確信していた。
『……あの日』
胸の奥でずっと燻っていた“問い”が、ゆっくりと口をついて出る。
『……私が攫われた夜』
『“あなたの目”が、焦凍に似てた理由が──』
『やっと、わかったの』
私の声は、責めでも追及でもなかった。
むしろ、確かめるように。
過去の輪郭にそっと触れるように。
あの夜、私はあなたの目に“違和感”を覚えた。
怒りでも、憎悪でもない。
ただ──何か、遠くを見つめるような、誰かを呼ぶような、焦燥と悲哀が滲んでいた。
あの目を、私は知ってる。
焦凍が時折見せる、過去に囚われた時の目。
どうしても拭えない傷の底で、まだ“愛”を見ているような、そんな眼差し。
──あれと同じだった。
そのピースが、ようやく噛み合った。
でも彼は、何も言わない。
あくまで無言で、私の手首を掴んだまま、壁に押し付ける姿勢も解かず。
けれど、彼の瞳だけが、何度も私の顔を捉え直すように揺れていた。
それはまるで、
今にも崩れてしまいそうな堤防のように──
感情という名の“水”を堰き止めながら、
それでも零れ出るものを止めきれないでいるような──
“何か”が、静かに崩れ始めていた。