第12章 あの日の夜に、心が還る
「――目標確保。5分後、回収地点に到着予定。こちら、ビー玉はひとつ。“とびきり”ですよ」
Mr.コンプレスはにやりと笑い、軽やかに無線へ囁いた。
その声が風に乗って、静かな森を不気味に震わせる。
『とびきり』という言葉が、胸をざわつかせる。
「かっちゃんを……っ」
緑谷の顔から、みるみる血の気が引いていく。
「星野も……このままじゃ……!」
轟が鋭く息を吐いて、一気に駆け出した。
それに常闇と障子が即座に続く。誰ひとり、躊躇わなかった。
「追わなきゃ……!!今、助けられるのは僕たちだけなんだ!」
切実な想いがその背を押す。
だが、数秒後──風を裂いて、別方向から気配が迫った。
「みんな、大丈夫!? 遅れてごめん!!」
木々の間から現れたのは、麗日と蛙水。
「麗日さん、蛙吹さん!」
緑谷の声が一瞬だけ希望に変わる。
「コンプレスが空に逃げてる! 二人の個性で、僕たちを飛ばして!!」
言われるが早いか、麗日と蛙水はうなずき合った。
「よし、準備はいい!? 無重力、かけるよっ!」
麗日の手が、轟、緑谷、障子の背に次々と触れていく。
彼らは黙ってうなずき、その視線はすでに空へ向いていた。
「絶対、取り返す……!!」
轟の瞳に、静かな炎が灯る。
「星野ちゃんも、かっちゃんも……!」
緑谷の声が震える。けれど、その瞳は真っ直ぐだった。
「いくよ、梅雨ちゃん……!」
「うん!」
梅雨ちゃんの舌がしゅるりと伸び、三人をしっかりと巻き取る。
「せーの……行っくよっ!!」
しなった舌が、一気に弾けた。
三人の身体が、夜の空を切り裂いて跳び出していく。
「うおおおおおっ!!」
月明かりの中、森の上空を一直線に飛ぶ彼らの目に、逃げるMr.コンプレスのシルエットが映った。
「見えた……!」
轟が手を伸ばす。ビー玉が、かすかに光を反射して揺れていた。
「かっちゃん……!」
「星野さんも……待ってて、今すぐ助けるから!!」
その声は夜の風に乗って、ふたりの元へと届くかのように真っ直ぐだった。
誰一人、奪わせない。
仲間を想うその心だけが、彼らの背を押していた。