第10章 翼の約束
ほんのり冷たい水が喉を通って、
火の中にいた自分の熱を、やっと少しだけ癒してくれる気がした。
……その時だった。
「なぁ、想花」
隣で、ホークスの声がそっと落ちた。
今までと同じ、あの軽やかな響きのはずなのに、
なぜか、その一言だけがとても近くて、心に触れた。
『……なに?』
顔を向けると、彼は私のほうを見ていて、
でもどこか、何かを迷っているような瞳をしていた。
「今日さ、お前を見てて思ったんだ。……あぁ、やっぱりもう、俺の知ってる“あの頃の子”じゃないんだな、って」
『……』
「昔はただ泣いてた子で。俺は、そばにいることしかできなかったのにさ。
今日のお前は、自分の力で誰かを救ってて……立派に“ヒーロー”やってた」
どこか嬉しそうで、でもほんの少しだけ、寂しそうで。
その表情に、胸がぎゅっとなる。
『……でも、あたしの中の“あの頃”は、何も変わってないよ』
そっと、枕元に置かれた赤い羽根を見つめながら言った。
『……あの日、ホークスがそばにいてくれたこと。
羽根で守ってくれたこと。――覚えてる。』
彼が、目を細めた。
そのまま視線を落とし、ベッドの端に手をついて、
ほんのわずかだけ距離を詰める。
「……あのとき、泣いてた君を置いて、飛び立った自分を、ずっと悔いてた」
『……え?』
「でも今日、君があんなふうに戦って、守って、
それで“後悔してない”って笑ったのを見て……思ったんだ。
俺の知ってる君は、ちゃんとここにいたんだって」
ゆっくり、彼が手を伸ばす。
そっと、私の手の上に自分の手を重ねて。
あたたかくて、優しいその感触が、
今日のあの炎の中よりも、ずっと熱くて。
『……ホークス……』
「今だけでいい。……今日は、そばにいてもいい?」
その声が、ほんとうに優しくて、苦しくなるくらいだった。
私はゆっくりと頷いた。
きっと、これは名前では言えない感情。
“ありがとう”でも、“好き”でも足りない。
けれど、胸の奥では確かに満ちていくものがあった。
ふたりの間に落ちる、夜のしじま。
ホテルの灯りが柔らかく照らす中、
私たちは、ただ静かに寄り添っていた。
いつか、また羽ばたくために。
今だけ、翼を休める夜。
──その温度を、私はきっと、忘れない。