第10章 翼の約束
ホークスside
──信じるって、
案外、難しくないもんだな。
「おつかれ、ウィルフォース」
そう声をかけた時には、彼女の身体はもう限界だった。
倒れる寸前で受け止めたその肩は、火照りで熱くて、
それでも、確かに“やりきった”温度が宿っていた。
腕の中の彼女を抱き上げて、俺はゆっくりとビルの屋上から舞い降りた。
焦げた匂いと煙がまだ街の空気に残ってる。
でも、目に映る景色はまるで違って見えた。
──そこには、拍手があった。
「……あの子だ!助けてくれた!」
「ウィルフォース!ありがとう!!」
「すっごかったよ!あの光で炎が消えたんだ!」
ビルの前に集まっていた市民たちが、一斉に彼女に向けて声を上げた。
顔をすすで汚した親子、担架で運ばれたお年寄り──
誰もがその瞳に“救われた”光を宿していた。
まるで、本物のヒーローを見てるみたいに。
それもそうだ。これはもう、職場体験なんかじゃない。
これは──立派な“救助”だった。
「ウィルフォース!」
報道のカメラがこちらに向けられる。
マイクを持った記者が、群れの中から駆けてくるのが見えた。
「ホークス!その子は!?」
その言葉に、俺はふと笑って、視線を彼女へと落とす。
ぐったりしたまま、でも眉をひそめて、
それでも“飛び出して前線に出たこと”に後悔なんかしてない顔。
──この姿を、あの日の泣いてた女の子に見せてやりたい。
「……まだ学生だけど、立派に“命”を救ったヒーローだよ」
俺はそう言って、少しだけ腕に力をこめた。
「よくやった――想花」
彼女の名前を口にするだけで、胸の奥がふわりと熱くなる。
あの時、福岡の高台で泣いてた小さな背中。
その背中を、今こうして誇りを持って抱きしめているなんて。
──ああ、これはもう、ダメかもしれないな。
ヒーローとしての理性よりも、
男としての想いのほうが、少しずつ、傾いていく。
けれど、彼女にはまだ言えない。
今この瞬間、彼女が浴びている歓声こそが何よりのご褒美で、
何より、あいつ自身が望んだ未来だから。
だから俺は、ただそっと、羽根を広げて立った。
彼女が次の一歩を踏み出すまで、ちゃんと支えられるように。
──そして、いつか。
それでも隣にいることが許されるなら、
その時は。
胸の中に、そっと願いをしまい込む。