第10章 翼の約束
天井を這っていた最後の火が、しゅう、と音を立てて静まった。
空気が変わる。熱気も、焦げた匂いも、少しずつ消えていく。
──火災、制圧。
目の前の光景がようやく“安全”に変わった瞬間、
張りつめていた全てが、ぷつりとほどけた。
『……ふぅ……っ』
肩で息をして、私は壁にもたれかかる。
全身の力が抜けて、立っていられなかった。
視界が少しだけ揺れる。
個性の出力は、限界ギリギリ。
身体が熱を帯びて、手の先がかすかに震えていた。
『もう……いいよね……』
絞るように呟いて、私はその場にぺたりと座り込んだ。
消防隊の掛け声や、無線の音が遠くに聞こえる。
でも、不思議と騒がしさは感じなかった。
ただ、静かだった。
あの燃え盛る炎を見たときの緊張も、
誰かの命を守りたくて無我夢中になった焦りも、
今はすべて、心の奥にふわりと沈んでいる。
『……守れた、んだよね……』
小さく笑った、そのとき──
「おい、大丈夫か!」
鋭く、けれど焦ったような声がすぐ近くで響いた。
顔を上げれば、赤い羽根を揺らして、ホークスがこちらへ駆け寄ってくるのが見えた。
『……ホークス……』
「無茶すんなって言っただろ、ったく……!」
彼はしゃがみ込むと、私の肩をそっと支えてくれる。
その手は熱くて、でも、どこまでも優しかった。
「でも……助かった。おかげで、全員無事だ」
『……ほんと?』
「本当。君が火を抑えてくれなかったら、全滅もありえた」
言葉の一つ一つが、胸にしみ込んでくる。
ああ、信じてもらえた。
力を託してもらって、それに応えられた。
それだけで、目の奥が少しだけ熱くなる。
『……よかった、……』
小さくそう呟いて、私はそのまま彼の肩に、頭を預けた。
彼は何も言わず、そっと背中を撫でてくれる。
ただ、それだけで安心できた。
赤い羽根が、やわらかく私を包む。
どこか、夢の中にいるような、そんな温かさだった。