第10章 翼の約束
現場に到着した瞬間、
鼻をつく焦げた空気と、立ち昇る黒煙に、思わず呼吸が浅くなった。
高層ビルの上階──
夕焼けの赤に溶けるように、火が暴れていた。
「上階に逃げ遅れた家族がいる!急げ!」
「消火活動、追いついてない!誰か──!」
下から聞こえてくる叫びの中、私は翼をはためかせてビルの中層へ。
遠く、煙の向こうに見えた赤い翼──
『ホークス……!』
『──ウィルフォース!こっちだ!』
煙の中から現れた彼の声に、私はすぐに向かって飛び込む。
「……ギリギリだったな。上階にまだ人がいる。……助け出す」
炎の中、ホークスは既に二人を羽根で抱えていた。
目は真剣そのもの。
いつもの軽口は封じていて、完全に“ヒーロー”の顔だった。
「けど、このままだと……火の勢いが強すぎる。
この階が崩れる前に、君の力で鎮火できるか?」
『……やってみます』
心臓が、どくりと鳴る。
彼が信じて託してくれた。
それだけで、全身に力がみなぎってくる。
私は手を広げる。
両の掌に光を収束させ、水の性質を帯びた輝きがぐるりと空気をまとい始める。
『────鎮めて、沈めて、落ち着いて』
炎に語りかけるように、祈るように。
空気が震え、水が生まれ、床を、壁を、天井を伝って流れていく。
ぼうぼうと暴れていた火の息吹が、
少しずつ──でも確実に、鎮まっていった。
「……見事だ、ウィルフォース」
ホークスの声が、少しだけ熱を持って響いた。
『まだ、上も行けます。今なら……』
「よし、後は任せた。……でも、無茶だけはするな。」
羽根の風と、私の作った水の流れが重なって、
ビルの中が少しだけ、呼吸できる空間になっていく。
──ああ、これが、私にできること。
火を消す力も、誰かの命を守る力も、
全部、この手にある。
『ヒーローとして、絶対……守るから』
拳を握りしめた私は、
再び上階へと──羽ばたいた。